スマホ所有率2割以下のインドで、サムスン電子とアップルが熱い戦い

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スマートフォンの世界ではインドが注目を浴びている。人口12億人、経済的に成長し続けている国であり、これからスマートフォンの普及が見込まれる国だからだ。サムスン電子とアップルも次のターゲットはインドで、新機種をインドで先に発売したり、新規ショップオープンの計画を発表したりしている。

 韓国メディアは、インドのスマートフォン市場をめぐりサムスン電子とアップルの戦争が始まったと報道している。2015年インドの国内総生産の平均成長率は7.5%で、インド人の購買力は年々高くなっている。

インドの家電量販店(サムスン電子提供)
インドの家電量販店でサムスン電子の新機種GALAXY S7を購入する人。サムスン電子は長年インドのスマートフォン市場シェア1位をキープしている。インド人社員が開発しインドで生産した格安スマートフォンを発売して人気を得た。
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 米調査会社Strategy Analyticsのデータによると、2016年1~3月、インドのスマートフォンシェア1位は25.1%を占めたサムスン電子で、6400万台を販売した。2位はインドのメーカーであるMicromaxで16.5%、3位は同じくインドのメーカーであるIntexで9.4%だった。

 同社によると、2015年度の世界スマートフォン市場規模1位は中国、2位は米国だが、2017年末には1位中国、2位インド、3位米国と、インドが急上昇すると予測している。インドのスマートフォンユーザー数は、2015年末時点で2億2000万人を突破した。それでも全人口の18%程度に過ぎない。まだまだ伸びる余地が残っている。

 インドでは、150ドル以下の格安スマートフォンを購入する人が圧倒的に多く、8割を占める。ただし、格安端末から徐々にハイエンド端末へ機種変更する動きが出ているそうだ。香港に本拠を置くCounterpoint社の調査によると、2016年インドで売れそうなスマートフォンは、画面5インチ以上、LTE対応、2GBのRAM、16GB以上のメモリ、1300万画素以上のカメラ、指紋認証機能が揃った機種だそうだ。

 サムスン電子は、2015年からインドで、1万円前後で買える格安スマートフォン「Jシリーズ」と「Zシリーズ」を発売し、大ヒットを記録した。サムスン電子によると、インドでもっとも売れたスマートフォン上位5位内に、Jシリーズが3機種含まれているという。

 同社は、2007年からインド北部にスマートフォンの生産工場と研究開発センターを設置している。インド人のエンジニアを1500人採用し、市場に合わせた格安スマートフォンを開発してきた。インターネットを利用する際に、データを圧縮してデータ通信料を最大40%節約できる機能や、バッテリーの使用時間を2倍近く伸ばせる節電機能、音楽が好きなインド人のために無料音楽ストリーミングサービス、こうした機能をプリインストールして提供するなど、サムスン電子の格安スマートフォンにはインド人社員のアイデアが詰まっている。

アップルも負けていない。5月18日にはアップルの…
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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

日経パソコン

2016.6.27

-Original column

http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/549762/051900091/

[韓国ソーシャルイノベーション事情] 地域活性化アイデアで生まれ変わる廃校、少子高齢化進む農漁村に新たなビジネスチャンス

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筆者の母親の故郷は、韓国戦争が起きたことを1年ぐらい経ってから知ったというほどの田舎である。母は片道4キロ以上歩いて小中高校に通ったそうだ。山を越えて川を渡り学校につくと、お弁当は自然にビビンバプになっていたとか。お弁当箱が上下左右に揺れ続けビビンバプになるほど大変な通学路だったというわけだ。

 そんな田舎にも今は大きな道路ができてスクールバスもある。人口が少ないので子供たちは未だ4Km離れた学校に通わないといけないが、もう歩いて学校に行くことはなくなった。給食があるのでお弁当もいらなくなった。昔とは比べにならないほどよくなった母の母校だが、廃校が検討されている。急速な少子高齢化により入学生がいないのだ。

 全国の教育庁の統計によると、1982年3月から2015年3月まで廃校した全国の小中高校は3725校(暫定値)、年間平均113校が廃校になった。廃校は特に農漁村に集中している。同期間中、ソウル市内の学校で廃校になったのは1校しかない。

 廃校の基準は地域の教育庁(教育委員会)ごとに違うが、平均的に在学生が15人以下だと統廃校の対象になる。しかしどの地域もできるだけ廃校にしない方針で、保護者の3分の2以上が廃校に同意しない限りは学校の運営を続けている。韓国最南端の島「マラド」は在学生が一人もいなくなった小学校が廃校の危機に陥ったが、もしかして、という希望を持って、済州教育庁は廃校ではなく休校にした。

 廃校にしないためには、農漁村の子供の人口を増やすしかない。韓国の自治体は地域活性化のため、「帰農」サポートを手厚く行っている。住宅や農地を安く貸し、営農指導もする。田舎は生活が不便というイメージを払拭するため、病院やコンビニを建て、自宅で高速インターネットが使える環境もばっちり整えている。子供の教育のためスクールバスはもちろん、村営塾、村営家庭教師を利用できる自治体もある。農漁業の後を継ぐ青年の婚活は、それはもう自治体総力で取り組んでいる。それでも農漁村の人口は減り続けている。

 廃校になってしまった学校はどうなるのか。人がいなくなると建物はあっという間に荒れてお化け屋敷みたいになってしまう。子供はいなくても、学校の建物は地域の財産として、地域住民のために使いたいものだ。放置するのはもったいない。

 2013年からソウル市は、ソウルから車で2時間以内の田舎の廃校を借りて、ソウル市民のためのキャンプ場を運営している。ソウル市が運営する市営キャンプなので利用料も安い。4人家族で1泊当たり約2000円あればキャンプ場に入場し、テントやマットレス、ピクニックテーブルまで借りられる。おかげでソウル市民にとても人気があり、常に予約がいっぱいである。ソウル市は毎年廃校を1校ずつ借りて、キャンプ場を増やしている。帰る田舎がない都会生まれの親が子供を連れて行く憩いの場になっているそうだ。ソウル市は2018年まで廃校キャンプ場を20ヵ所に増やす計画である。廃校キャンプ場がオープンすれば、その周辺地域のお店や食堂の客も増えるので地域経済も潤う。

 ソウルから電車で1時間ほど離れた安山市は、2006年から地元の廃校を「英語村」に改造している。学校の敷地に入ったらそこはアメリカ、という設定で、英語しか通用しない村で生活するという英語教育プログラムである。

学校の入り口が入国管理局、さっそく英語で入国審査を行い、英語村パスポートにスタンプを押してもらって入場。廃校の教室はスーパーやお料理教室、病院、旅行代理店などに模様替えしてあり、子供たちは英語を使って生活する仕組みになっている。主に小学校1〜6年生が、放課後や夏休み・冬休みに参加する。英語村は全国各地にあるが、ここは安山市営なので参加費が通常の3分の1程度。そのため安山市英語村のホームページに参加者募集の告知が出ると、定員の100倍以上が殺到して1分足らずで募集終了、大騒ぎになる。

 釜山市は廃校を、「青少年文化センター」や「山林教育センター」など、学校ではなかなかできない特別プログラムを運営する施設として運営している。釜山の近くにある蔚山市は、廃校を「追憶の学校」に改造、1960年代から70年代にかけて実際に学校で使われていた小物や制服を集めて展示し、家族みんなで楽しめる観光名所にした。

 大邱市は、学生の数が減少し廃校の危機にある学校を2011年から「幸福学校」に指定し、教育庁が定めたカリキュラムではなく、学校が学生と地域の特徴に合わせて自律的にカリキュラムを運営してもいいことにした。幸福学校第1号のソチョン小学校は、アトピーがある子供のための学校に生まれ変わった。有害物質を極力発生させないよう学校の施設は木、黄土などを使い、毎日散歩をして畑仕事を体験し、子供に体力をつけるカリキュラムに変えた。その結果、2011年65人だった学生が2015年122人に増えた。大邱市にはこのほかにも外国語教育に特化した幸福学校や、学生全員が参加するオーケストラを運営する幸福学校も登場した。

 幼稚園児から大学受験勉強が始まる教育熱心な韓国だが、最近はだんだん、小学生の時ぐらいは自由に好きなことをさせてあげようという雰囲気になりつつある。こうした親の教育方針の変化が、幸福学校の人気を後押ししているといえるだろう。



By 趙 章恩

 

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韓国ソーシャルイノベーション事情

 

 2016年6月

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http://www.newsweekjapan.jp/cho/2016/06/post-5.php

[韓国ソーシャルイノベーション事情] 高校生たちが考えた給食の食品ロス解決イノベーション「レインボートレイ」

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韓国では昔から食べ残しが出るぐらいでないと客をもてなしたとは言えない、という考え方が根付いている。客がきれいに平らげたのはもてなしが足りない、料理が足りないという意味だとして、客が手をつけようがつけまいがとにかくすごい数の料理を出すのが韓国式のもてなしである。当然食品ロスも大量に発生する。もったいないから無駄なもてなしはやめようというメディアのキャンペーンも数多く行われてきた。

 それに、韓国では一般家庭の食品ロスも減らすため、「食べ物ゴミ(生ごみ)」は専用の有料の袋に入れて捨てるようにしている。自治体ごとに費用や処理法は違うが、ソウル市の場合はどこも食べ残しは燃えるゴミではなく「食べ物ゴミ」として費用を出して処理しないといけない(韓国では燃えるゴミも自治体ごとにある専用の有料の袋に入れて捨てないといけない)。それにもかかわらず、「食べ物ゴミ」はなかなか減らない。

 日本では米粒一つ残さず食べる人が多く、テレビの料理番組では野菜の皮まで捨てずに調理するのを見てとても驚いたものだ。ところが、最近の日本の子供はそうでもないらしい。1月13日付毎日新聞には、大阪市立中学校の生徒が給食を3割も残していて、推計で年間5億円もの食材が捨てられるようなものだという記事が載っていた。大阪市だけが異常に多いから記事になったと思うが、「モッタイナイ」の言葉で代表される食べ物を大事にする日本の精神は失われたのだろうか。

 韓国はもともと食べ残しがあって当たり前の生活環境だからか、給食の食品ロスは学校給食が本格的に始まった1994年以来ずっと問題になっていた。食べ残しが多いとその分無駄な食費を使ったことになる。食品ロスが増えれば環境汚染も問題になる。食品ロスを減らせば無駄がなくなり、その分給食の質がよくなる。学校の教師たちは毎日のように「今日は食べ残しのない日を目指そう」と学生たちを指導しているが、なかなかうまくいかない。

 そこで給食の食品ロスをなくそうと立ち上がった高校生たちがいる。教育熱の高い地域として有名なソウル市木洞(モクドン)にある中高生7人と教師である。元々は海洋汚染の原因について勉強していたところ、原因の一つに食品ロスがあることを知り、これを減らすにはどうしたらいいのかと悩み始めたそうだ。この中高生たちはサムスン電子が毎年行っている「Samsung Tomorrow Solutions」公募で賞までとったすごい学生たちなのだ。

 サムスン電子の公募は人々の生活や社会をよくするイノベーションアイデアを競うもので、2015年度は1235チーム、5823人が応募、12チームが受賞した。受賞すると、アイデアを実現するための費用と賞金がもらえる。入賞チームへの賞金総額は2億ウォン(約2000万円)である。

 アイデア審査は専門家やサムスン電子の役員だけでなく、ネットに各チームのアイデアを公開し、ユーザーによる投票も行った。受賞したチームがアイデアを実現するため、技術的なところはサムスン電子の社員らが助けた。

 レインボートレイは2014年度に最年少チームでありながら最優秀アイデア賞を受賞、2015年度はそのアイデアを実践して社会に影響力を発揮、学校や軍部隊の食品ロスを7割も減らした功績が認められてインパクト賞を受賞した。

 木洞の中高生たちが出したアイデアは「レインボートレイ(ランチプレート)」と呼ばれる給食用食器である。レインボートレイは、韓国の学校や軍部隊、企業の社員食堂など、団体給食の際に必ず使われるステンレス製のランチプレートの底に目印を書き、ここまでごはんを取ったら茶碗1杯分、ここまでは2杯分などと量がわかるようアイコンを入れた。レインボートレイは既存の給食用ランチプレートに線を書くだけなので、製作費もかからないしすぐ導入できる。しかも見た目がかわいい。

 誰もが思いつく簡単なアイデアではないかと思うかもしれないが、ここまで色々な失敗があった。中高校の給食は大きな一枚のランチプレートに食べたい分料理を取るスタイルが定着していた。7人の中高生たちは、なぜ給食を残すのか友たちの様子を観察したという。家ではお茶碗で食べるので、1枚のランチプレートだと、自分がどれぐらいの量を取ったらいいのかわかり難く、どれもおいしそうなのでつい多めに取って食べきれず残してしまう問題があった。そこでしゃもじやお玉のサイズを小さくすることもやってみたがうまくいかなかった。日本ではおいしくないから給食を残し食品ロスが増える問題があるそうだが、韓国では給食の味はあまり問題にならなかった。

 試行錯誤の末、レインボートレイを思いついた。給食用のランチプレートも軽量化し、自分がランチプレートにどれぐらいの食べ物を取ったのが重さを感じられるようにした。自分が食べられる量だけを取る、これだけで食品ロスは画期的に減少した。実際にレインボートレイを導入した中高校では、一人130グラムもあった食品ロスが10グラムにまで減ったという。

 中高校生のアイデアで給食の食品ロス問題を解決できたことは韓国中で話題になった。レインボートレイを使って給食を食べる様子や、食べ物が残らない様子を韓国のテレビ局だけでなく、中国の国政テレビ局「中国中央電視台」まで撮影に来たほどである。

 中高生による中高生のための中高生目線で考えた給食の食品ロス解決イノベーション「レインボートレイ」は、今や全国の軍、企業の社員食堂にも広がっている。



By 趙 章恩

 

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韓国ソーシャルイノベーション事情

 

 2016年4月

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http://www.newsweekjapan.jp/cho/2016/04/post-4.php

[韓国ソーシャルイノベーション事情] 垢すりで乳がん発見? 韓国乳がん学会と沐浴管理士連合会が協力

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実は、韓国で垢すりおばさんが乳がんの救世主だということをご存じだろうか。

 韓国のマンションには平均してバスルームが2つある。4人家族だと4LDKに住むのが普通のことで、バスルームはリビングと夫婦用の寝室にそれぞれある。2人暮らし用の小さいマンションでも、共働き夫婦の朝の準備のため、バスルームを2つ置くマンションが増えた。それにもかかわらず、韓国人はサウナ付き銭湯に行くのが大好きである。大きな湯船で肌をやわらかくしてから、垢すりおばさんにきれいさっぱり一肌むいてもらうと、肌はつるつるして艶がでるからだ。

 この垢すりが、韓国の乳がん早期発見にとても役立っていた。韓国乳がん学会によると、垢すりおばさんに「胸にしこりがあるわよ。病院に行ってみたら?」と勧められ乳がん検診をうけたところ、早期にがんが見つかり治療できた、という事例がかなりあるという。

 韓国乳がん学会は2014年から現在まで、ピンクリボンキャンペーンの一環として、韓国沐浴管理士連合会と手を組み「ピンクスクラブキャンペーン」なるものを行っている。ピンクリボンキャンペーンは乳がんの知識啓発キャンペーンであり、世界各地で行われている。スクラブはごしごし洗うという意味である。ピンクスクラブは韓国独自のキャンペーンで、これは乳がん学会に所属する医師たちが、「垢すりおばさんにしこりがあると言われたので病院に来た」と話す患者が多いことに気付いてから始まった。韓国の国民健康保険は、40歳以上の女性に対して2年に一度無料で乳がん検診を実施しているが、韓国人の生活に根付いた垢すりおばさんも乳がんの早期発見に役立っていた。

 乳がん学会は、2014年から垢すりおばさんに乳がん検診の基本である触診を本格的に教えている。垢すりおばさんに、垢すりに来る女性に乳がんの自己検診について教える、知識啓蒙者の役割を託したのだ。また全国のサウナや銭湯に乳がん自己検診方法をイラストにしたポスターを貼り、早期健診を勧める活動も継続して行っている。さらに、乳がん治療のため切除するしかなかった患者が、人目を気にせず銭湯やプールに行けるようサポートするキャンペーンも行っている。

「欧米では夫や恋人が乳がんのしこりを見つけるケースが多いが、韓国では垢すりおばさんが乳がんをみつける」、という話は、韓国ではもう十数年も前から都市伝説のように存在した。乳がん学会のピンクスクラブキャンペーンによって、それが伝説ではなく事実であることが判明した。

 乳がん患者をサポートする団体「韓国乳がんセンター」のホームページにある患者の投稿を検索してみると、垢すりおばさんのおかげで乳がんを早期発見できた、という事例は、いくつもあった。過去の記事を検索してみると、「乳がんを見つけてあげたことが2回ある」という垢すりおばさんのインタビュー記事も登場した。

 韓国で話題になった、韓国保険福祉部(部は省、医療と福祉の政策を担当する省庁)のエリート官僚が自身の乳がん闘病記を書いた本にも「垢すりおばさんにしこりがあると言われたが無視した。その後また別の垢すりおばさんにもしこりがあると言われた。また無視した。それから気になって検査をしてみると乳がん、すでに3期だった。垢すりおばさんに言われたときに早く検査をすべきだった」という内容が登場する。

 韓国乳がん学会のユン・ジョンファン前会長は、「乳がんの自己検診は横になって腕を頭の上にあげて胸を触り、しこりを確認するように指導する。垢すりはゆったり横になって石鹸を付けて胸に触るのでしこりをみつけやすい環境であるのと、垢すりおばさん達の豊富な経験とノウハウが重なりしこりを発見する可能性が高くなっているのかもしれない」と話した。

 韓国保険福祉部のデータによると、2012年時点で韓国の女性がかかりやすいがんは1位が甲状腺がん、2位が乳がん、2位が大腸がんだった。乳がん学会は、韓国女性に多いのが乳がんだけに、垢すりおばさんに頼ってでも早期発見で生存率を上げることを狙っている。乳がんのもっとも効果的な治療法は早期発見、早期治療しかないという。

 韓国に遊びに来たらぜひ垢すりを体験してほしい。そして乳がん検診も忘れずに。



By 趙 章恩

 

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韓国ソーシャルイノベーション事情

 

 2016年4月

-Original column

http://www.newsweekjapan.jp/cho/2016/04/post-3.php

[韓国ソーシャルイノベーション事情] グーグルAlphaGoとイ・セドル九段の対局、盛り上がりは人工知能のことだけではなかった

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 韓国ソウル市で人工知能と人間の囲碁対局が行われた。グーグルが買収したイギリスのディープマインド社が開発した人工知能「AlphaGo」と、挑戦的で創造的な囲碁をする世界トップレベルの棋士として有名なイ・セドル九段の対局は「世紀の対決」「歴史に残る対決」として韓国を沸かせた。12歳でプロ棋士になったイ・セドル九段は、子供のころから天才と呼ばれた棋士で、韓国で知らない人はいない有名人である。

 3月9日から10、12、13、15日の5回にわたって行われた対局で、「人類代表」のイ・セドル九段は1勝4敗、人工知能が勝利をおさめた。当初韓国では、イ・セドル九段が5勝全勝するだろうと誰もが信じていた。囲碁は人間が作ったもっとも複雑なゲームなので、人工知能は人間の知略を超えられないと考えたからだ。しかし対局が始まると、AlphaGoは人間ならこうはしないだろうという戦略で囲碁をし、勝利をおさめた。


 グーグルはこの対局の勝者に100万ドルの賞金を贈ることにしていた。賞金を獲得したグーグルディープマインドは、賞金を慈善団体に寄付した。複数の韓国メディアによると、グーグルの持ち株会社アルファベットの時価総額もうなぎのぼり。対局が行われた7日間、アルファベットの株価はA型とC型合わせて約489億ドル分(約5.9兆円)値上がりしたという。この対局でグーグル傘下にある人工知能の実力を見せつけたことが株価を押し上げたとみられる。ちなみに、アルファベットの株はA,B,C型の3つがあり、上場しているのはA型とC型である。B型はグーグルの初期立ち上げメンバーだけが保有する非上場株である。

 グーグルが囲碁をする人工知能を開発したのは、インターネット検索の機能向上のためと言われている。複数の韓国メディアによると、グーグルはユーザーが検索したキーワードからその後何を検索するか、どのような行動に出るか、10段階ほど先を読んで検索結果を表示するための研究をするため囲碁ができる人工知能に力を入れ、その結果AlphaGoが生まれたというのだ。イ・セドル九段が1勝したことで、グーグルはAlphaGoを改善できる余地を見つけた。これこそグーグルが望んでいたものではないだろうか。

対局前のイ・セドル九段は、公営放送KBSのインタビューで「グーグルから対局を持ち込まれた。対局相手が誰なのかは秘密保持の署名をしてから教えてくれた。相手が機械だなんて、本当に驚いた」と答えた。対局前の記者会見では、「コンピューターと人間が対局するのはまだ10年は先の話だと思っていたのに、(人工知能との)対局を持ち込まれて驚いた。3分ほど悩んで受け入れた。(人工知能に対する)好奇心を解決するためには直接囲碁をしてみるのが一番だと思ったからだ。今回の対局はすごい経験で、学ぶことはとても多い」と期待に胸を膨らませていた。対局に負けた時も、「対局を大いに楽しんだ。応援してくれた皆さんに感謝します」とすっきりした表情だった。

 グーグルと一緒に今回の対局を準備した韓国棋院(韓国の囲碁の統括団体)は、もう一度AlphaGoと人間の対局をしようとグーグルディープマインドに提案した。グーグルディープマインド側は、「持ち帰ってグーグル本社と相談させていただきます」と即答を避けたそうだ。韓国棋院はAlphaGoが新しい囲碁の戦略を見せたことを高く評価し、「名誉九段」の認証書を贈呈した。

 対局が終わってから、もう一つ人工知能とも囲碁とも関連がないものが話題になった。イ・セドル九段のスポンサーであるLG電子の控えめな広告が、対局が終わってからSNSで「もしかしてあれはLG電子の広告だったのか?」と話題になったのだ。

 イ・セドル九段が着用した時計はLG電子の新しいスマートウォッチで、毎日着ていたブルーのワイシャツの袖にはLG電子のスマートフォンである「G5」の文字が刺繍されてあった。ケーブルテレビやポータルサイトの生中継にはLG電子の広告が入っていたので気付いた人もいたようだが、地上波放送で視聴した人は全然気づかなかった。LG電子側は「イ・セドル九段の邪魔にならないようロゴを控えめにした」と説明した。これが口コミで広がりLG電子の好感度を上げた。LG電子は1996年から、世界囲碁選手権大会のメインスポンサーになり「LG杯世界棋王選」を開催している。


韓国ではAlphaGoの影響で人工知能に対する関心が急激に高まったのはもちろん、囲碁ブームも巻き起こっている。3月16日付の国民日報によると、対局が行われた7日間、韓国のポータルサイトでは「囲碁」が検索キーワードランキング1位になった。オンライ囲碁対戦ゲーム「Hangame囲碁」は、9日から新規利用者がいつもの3倍に増え、Google Play韓国語版のゲームランキングも囲碁ゲームが上位にランク入り、書店では囲碁の基礎を教える本が売り切れた。つい最近韓国で人気を集めたドラマの主人公が元囲碁棋士だったこともあり、囲碁ブームが起きたのだ。3月17日付の中央日報は、「囲碁市場に春が来た」という見出しで、囲碁セットを製造する工場がいつもの2倍を超える4万セットを受注したと報じた。

 特に勝っても負けても表情が変わらないイ・セドル棋士の「機械並みの強いメンタル」を子供に学ばせたいとして、早速放課後教室のプログラム(有料クラブ活動のようなもの)に囲碁クラスを導入した小学校も少なくない。幼稚園でも囲碁を教えるようになったそうだ。子供に囲碁を教える塾も受講の申し込みが殺到、大人のゲームとされていた囲碁が子供の英才教育用に注目を浴びるなど囲碁市場の裾が広がったという。

 囲碁の塾に通う子供たちは中央日報のインタビューに「AlphaGoに勝ちたい!」と答えていた。



By 趙 章恩

 

Newsweek コラム&ブログ

韓国ソーシャルイノベーション事情

 

 2016年3月

-Original column

http://www.newsweekjapan.jp/cho/2016/03/alphago.php

一足先にVRと5Gのオリンピック中継を体験、韓国IT展示会「WIS2016」

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韓国最大規模のIT展示会「World IT Show2016」が5月17日から20日まで、ソウル市のCOEX展示場で開催された。韓国のIT政策を担当する未来創造科学部(部は省にあたる)が主催する展示会で、韓国の最新ICTサービスを国内外に宣伝し、輸出につなげるのが目的である。


LG電子のブース(すべて筆者撮影)
LG電子のブースでもっとも人気だったのはVR体験コーナー。ヘッドマウントディスプレイをしてテーマパークにあるような4Dセットに乗ると、ジェットコースターに乗ったのと同じ気分を味わえる。あまりにもリアルで、絶叫する人も続出。VRを楽しむ人の表情を見るのも面白かった。
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 展示に参加したのは452社で、サムスン電子、LG電子、キャリアのKTとSKテレコムの4社は、大きなブースを構えた。2016年のテーマは「Connect Everything」。すべてのものがつながることで何が起きるのか。各社が5Gネットワーク、IoT、O2O、Bigdata、AI、サイバーセキュリティなどを組み合わせたサービスの実演で、未来の生活を体験できるようにした。


サムスン電子ブース
GALAXY S7を水の中に入れても作動するか防水機能を体験したり、4Kテレビをいくつも並べて画質を比べたり、説明を聞くよりは自由にユーザーがデバイスに触って体験できるコーナーが多かった。
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 サムスン電子はスマートフォン「GALAXY S7」、4Kテレビ「SUHD TV」、VRを体験できヘッドマウントディスプレイ「Gear VR」、21.5インチのモニター付きでスマートホームのハブ役をする冷蔵庫「IoTファミリーハブ」などを展示した。


サムスン電子の量子ドットSUHD(4K)テレビ
量子ドットディスプレイを採用したテレビの方が、既存の4Kテレビよりもさらにくっきり、明るくなったのがわかる。色の表現が以前より25%ほど正確になり、自然色に最大限近くなったのが特徴だ。画面が明るくなってもまぶしくないので目も疲れない。韓国ではなぜかテレビの縁や裏側のデザインまで気にする人が多いせいか、サムスン電子のSUHD(4K)テレビは、360度どこから見ても美しいテレビと宣伝していた。
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展示ブースの半分はGALAXYS7に関連するコー…
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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

日経パソコン

2016.5.24

-Original column

http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/549762/051900090/

ドラマ「太陽の末裔」がきっかけ?キャリアの仕掛け?韓国で“トランシーバー”が人気

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この春韓国で、社会現象にまでなったドラマがある。タイトルは「太陽の末裔」、戦争と気象異変で疾病が絶えないアジアの開発途上国を支援するために派遣された、韓国軍と医師のメロドラマである。2月から4月まで放映され、最終話は41%を超える視聴率を記録した。

 韓国ドラマの特徴は、背景や主人公の職業に関係なく、登場人物全員が誰かに恋をして、三角関係になり、交通事故にあい、記憶喪失になり、最終的にハッピーエンドで終わることだ。このパターンを守らないと、視聴率を獲得できない。

 このパターンが大好きなのは、中国人も同じようだ。「太陽の末裔」は韓国の地上波放送のドラマだったが、中国のオンライン動画サイト「iQIYI.COM」で、韓国とほぼ同時に有料配信。全16話のうち8話まで放送された時点で、累積再生数8億2000万件を突破。中国で最も再生数が多い韓国ドラマとなった。

 中国ではこのドラマに登場する参鶏湯、韓国コスメなどが大ヒットしているそうだ。韓国では、このドラマ中のある行為を真似るアプリが大ヒットした。

 それは、主人公の軍人が劇中で連絡に使うトランシーバー(無線機)。ヒットしたのは、トランシーバーにそっくりなUIを提供するアプリである。

 ドラマの中で主人公カップルは、戦争が頻繁に起きる開発途上国にいるという設定で、スマートフォンではなく無線機を使って連絡を取り合う。これがかっこよく見えたのか、韓国の若いカップルの間で音声通話でも無料通話アプリでもなく、トランシーバーアプリを使うのが流行っているのだ。


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SKテレコムが開発したトランシーバーアプリ「OKITOKI」(SKテレコム提供)
ドラマをきっかけにトランシーバーアプリが大ヒットしている。本物のトランシーバーそっくりなUIで、使い方はトランシーバーより便利になった。データ通信を利用するので、遠くにいる人も同じチャンネルに参加すればグループで音声通話を楽しめる。

 トランシーバーアプリの画面は本物のトランシーバーにそっくりだが、使い方はトランシーバーより便利である。周波数を決めてチャンネルを作り、友達を招待する。チャンネルは誰でも参加できる公開用と、暗証番号を設定して招待した人だけが参加できる非公開用と分けて作れる。

 アプリを立ち上げていれば、チャンネルから流れる音声はすべて聞こえる。話すときはアプリにあるTALKボタンをタッチし続け、話が終わったらタッチするのをやめる。一つのチャンネルで同時に話せる人の人数はアプリごとに違うが、最大100人~500人参加できる。

 アプリなので本物のトランシーバーとは違いメンバー同士の距離は関係ない。トランシーバーは半径何メートル以内にいないと会話できないといった制約があるが、アプリなら遠くにいる人でも同じチャンネルに集まれば会話できる。

ソウル市は山に囲まれた都市でもあるので、週末にな…
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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

日経パソコン

 2016.5.20

-Original column

http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/549762/051700088/

きっかけはやっぱり“アレ”? 韓国で普及始まったVRとヘッドマウントディスプレイ [2016年4月22日]

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4月19日、韓国の大手新聞である中央日報で面白い記事を見つけた。ソウル市郊外のある高校で、生徒達が集まってサムスン電子のGearVRのようなヘッドマウントディスプレイでAV動画を観ていたのを教師が見つけ、騒ぎになったというのだ。

 さっそく保護者からは、教育目的以外に学校でヘッドマウントディスプレイの使用を禁じるべきとの声も出ているようだ。市民団体も「教育部(部は省)は学校におけるVR機器類の健全な活用ガイドラインを設けるべき」と主張している。


写真●サムスン電子のGearVR(出所:サムスン電子)
韓国ではサムスン電子がGALAXYS7発売イベントで早期購入者にGearVRを無料贈呈するなど、VRがますます注目されている。高校では学生たちがヘッドマウントディスプレイでAVを視聴し教師に見つかるなどの騒ぎもあった。

 この記事の内容はこうだ。韓国のオークションサイトや中古デバイス販売サイトには、ヘッドマウントディスプレイにVR動画を数十ギガバイト分セットにして販売するという書き込みが増えている。そのVR動画の中身はAVで、青少年たちが「パソコンやスマートフォンと違って、家族に見つかることなく楽しめる」として購入している。

 もちろん、こういう形でAV動画をコピーして販売すること、特に青少年に販売するのは犯罪だ。著作権の有無に関係なく、情報通信網利用促進及び情報保護等に関する法律により、情報通信網を通じて淫乱な符号、文言、音響、画像、映像を配布・販売・レンタルしたり公然に展示した場合、1年以下の懲役または1000万ウォン以下(約100万円)の罰金になる。

 利益を得る目的で青少年に有害媒体物を流布または販売、観覧、利用できるように提供した人は、3年以下の懲役または2000万ウォン(約200万円)以下の罰金になる。韓国の警察は常にモニタリングをして、VRで制作されたわいせつ物の流布を取り締まっている。だが、業者は隠語を使うなど巧妙に取引しているため、とても難しいようだ。




趙 章恩=(ITジャーナリスト)

日経パソコン

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サイバー選挙不正監視団に個人生放送──韓国の選挙運動はインターネット中心 [2016年4月15日]

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 4月13日、韓国全土で国会議員を選出する選挙が行われた。ポータルサイトごとに選挙特設コーナーが作られ、大いに盛り上がった。IT大国韓国の選挙運動は、インターネット、特にSNSの影響力がかなり大きい。Twitter、Instagram、Line、KakaoTalkなどSNSを使った選挙運動は、古典中の古典である。昔は候補者の家族やボランティア支持者らがSNSで支持を訴えたが、最近は専門業者を使いSNS選挙運動を行う候補者もいる。

 投票前日の12日には、不法SNS選挙運動をしたとして、選挙管理委員会が候補者の一人を検察に告発するという前代未聞のケースもあった。2016年1月に、この候補者はオンラインマーケティング会社に約130万円でSNSモニタリングを依頼。オンラインマーケティング会社は、社員数人の名義でTwitter、NAVERなどSNSや検索サイト、ブログのIDを61個作り、この候補を支持する書き込みを3カ月間で1231件残した。検索サイトでこの候補の名前と選挙区を繰り返し検索し、キーワードランキングに登場するようにもした。

 韓国の選挙法では、候補者ごとに選挙事務所以外の場所に組織を置いて選挙運動することを禁じている。選挙管理委員会は、この会社がしたことは選挙事務所以外の組織による選挙運動に当たり、SNSモニタリング業務から大きくかけ離れているため不法選挙運動であると判断し、候補者を告発した。選挙管理委員会は韓国の国家機関で、選挙と投票、政治資金管理に関する業務を担当している。


画面●ポータルサイトDAUMの選挙特設コーナー
選挙関連ニュースや話題の動画、ネットユーザーらは選挙関連でどんなキーワードを検索しているのかなど一目で分かるようになっている

 この摘発は、選挙管理委員会内にある「サイバー選挙犯罪対応センター」が、オンライン上の不法選挙運動を摘発するため開発したオンライン証拠分析システムによるものである。韓国の選挙管理委員会内には、「サイバー公正選挙支援団(サイバー選挙不正監視団)」という組織もある。


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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

日経パソコン

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[韓国ソーシャルイノベーション事情] 講義を聞く猫 ── オンラインコミュニティから進む韓国の野良猫対策

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日本にはネコノミクスなるものが存在すると聞いた。2月3日付産経新聞によると、猫の駅長に会いたくて観光客が増えたとか、猫を集めるスマホゲームが大ヒットしたとか、日本における猫による経済効果「ネコノミクス」は約2兆3千億円にのぼるそうだ。さらに驚いたことに、一般社団法人ペットフード協会の「2015年度全国犬猫飼育実態調査」によると、日本では犬よりも猫を飼っている家が多いとか。

 韓国では「猫は魔物」だとして嫌がる人が多く、昔から犬好きの方が圧倒的に多い。古いデータではあるが、2013年韓国ギャロップが調査したところ、韓国の全世帯のうちペットを飼っている割合は17.4%で、1000万世帯を超えた。飼っているペットは犬が47.3%で最も多く、猫2.2%、鳥1.6%、うさぎ1.0%、ハムスター0.4%の順だった。ペットフードを製造販売しているCJ第一製糖の調べによると、2013年時点で韓国のペット市場規模は1兆8000億ウォン(約1800億円)、2020年には6兆ウォン(約6000億円)になる見込みである。それでもまだまだ日本にはかなわない。

 ところが最近、韓国人のSNSでのペット自慢を見ていると、犬より猫の方が多い気がする。オンライン掲示板では犬より猫のほうが「いいね!」の数も多く、猫の「堂々としているけどどこかまぬけ」な写真や動画が人気を集めている。

 韓国には野良猫という言葉がなく、飼い主のない猫はみんな「泥棒猫」と呼んでいた。最近やっと野良猫を「キルゴヤンイ(道猫)」と呼ぶようになった。キルゴヤンイの世話をする「キャットマム(猫のお母さん)」も急増している。そして韓国も日本と同じく、キルゴヤンイの餌やりが近所トラブルの原因になったりもする。

 韓国のポータルサイトDAUMには「ストーリーファンディング」というコーナーがある。「○○のために○月×日まで目標金額○○万ウォンの募金を受け付けます」という内容のストーリーを公開し、ネットユーザーから少額ずつ寄付をしてもらう。例えばドキュメンタリー映画の制作資金のため募金をすると、寄付した金額に応じて上映会のチケットをプレゼントしたり、映画のタイトルを書いたマグカップをプレゼントしたり、ちょっとしたお返しももらえる。

2016年2月、DAUMストーリーファンディングでもっとも人気なのが「講義を聞く猫」。国民大学というソウル市内の大学キャンパスに住むキルゴヤンイ達の避妊手術と猫給食所運営のため200万ウォンを募金しようと、この大学の学生と職員らが国民大学キルゴヤンイたちのストーリーを写真と共に載せた。

 ソウル市内にありながら山に近い国民大学では、いつの間にか猫が増え、講義室や図書館にまで入ってくるようになった。猫をかわいがる学生と怖がる学生、キャットフードをあげるだけで排泄物やごみは片付けない学生、それを批判する学生、色々な問題があった。猫にどう接したらいいのか、どうしたら猫と学生と職員が共存できるのかを悩んだ末、学生たちは猫給食所を運営して猫がキャンパス内のごみを漁ることや食べかけのキャットフードがあちこちに散乱することを防ぐことにした。氷点下15度を超えるソウルの寒さに耐えられるよう猫の家も作る。猫の繁殖を止めるため避妊手術も行うことも計画。そのため校内での募金活動に続いてDAUMでの募金を呼びかけ、2月23日時点で764人が11,146,660ウォンを寄付、目標額の5倍を突破した。

 キルゴヤンイも大事な生命なので人間と共存しないといけない、こうした考えが広がったのは3年ほど前にさかのぼる。

 2013年、猫好きで有名な大人気WEBTOON(インターネット上で連載されるデジタル漫画)作家カンプル氏がSNSでキルゴヤンイ対策を考えてみようと呼びかけた。キャットマムの近所トラブルを避けながら、キルゴヤンイが路上で生きていけるよう手助けするにはどうしたらいいのか。

 そこへカンプル氏の地元であるソウル市江東区(カンドング)が、自治体としては初めて区内約20カ所に「猫給食所」を設置した。2015年には60カ所近くに増えた。猫給食所の管理は猫好き市民ボランティア達が担当している。猫給食所でいつでもえさを食べられるので猫たちはごみを漁らない。猫給食所にやってきたキルゴヤンイを捕獲して避妊手術をし、元の場所に戻す。猫が増え続けるのを防ぎ、殺処分も減らし、発情した猫のなき声がうるさいという地域住民の苦情を減らすためである。猫給食所と避妊手術をセットにして普及させ、自治体のSNSで宣伝。さらに市民らもSNSで拡散し、キルゴヤンイのような小さい命も大事にする市民意識の変化、という流れは他の自治体にも広がった。

ソウル市が市民団体に委託して運営する猫給食所もある。主に市内の大きな公園(ワールドカップ公園、龍山家族公園、ソウルの森など)の中にある。ソウル市の場合は、公園にキャットフードをばらまくだけで後片付けをしない人が多く悪臭がひどいという苦情から始まった。

 この苦情はソウル市のホームページにある「Mvoting」コーナーに寄せられたものである。Mvotingは市民が苦情を掲載し、市民が解決策を投票で決めていくオンラインコミュニティである。ここで登場した解決策がソウル市江東区のような猫給食所の運営である。「猫と人間が共存するためえさをあげることを止めてはならない。ただし、えさやりの場所を決めて猫も人間も安心して暮らせるようにしないといけない。猫にえさをあげたい人は猫給食所宛にキャットフードを寄贈するようにすればいい」という案に大勢が賛成し、ソウル市が動くことになった。ソウル市は2016年上半期まで猫給食所にやってくる猫の7割に避妊手術をする計画である。

 SNSやオンラインコミュニティから火が付いたキルゴヤンイ対策のおかげで、韓国にも猫好きが増えている。ソウル市内でも猫カフェをよく見かけるようになった。日本に猫の駅長がいるなら、韓国には警察猫がいる交番がいくつもある。警察猫といっても警察官の心を癒すのが主な任務のため何もせず寝てばかりいる。猫の写真集や猫グッズもどんどん増えてきた。韓国でもネコノミクスが話題になりそうだ。


By 趙 章恩

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 2016年2月
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