[韓国ソーシャルイノベーション事情] 自由に書いたらダメ? 米国留学や就活に備えSNSの発言に悩む韓国の人びと

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SNSをめぐり、小学生の早期留学から博士課程に至るまで米国に留学する人が多い韓国ならではの悩み事が生まれた。最近韓国の複数のメディアが、「米国に留学したい場合はSNSに注意せよ」という内容の記事を掲載したからだ。米国の大学が留学生を受け入れるかどうか審査する際に、SNSのIDを提出させてどのようなことを書き込んだのか、どのような発言にいいね!を押したのかチェックするというのだ。

そういえば6月には米ハーバード大学がSNSでの発言に問題があるとして、この秋に入学予定だった新入生10人以上の入学を取り消したことがわかった。ハーバード大学新聞 “The Harvard Crimson” に掲載され、世界中で話題になった。

ハーバード大学新聞によると、2016年12月大学側が入学予定者用にFacebook上で設けた公式グループの中に、プライベートチャットグループができた。このチャットのやりとりの中で暴力や民族・人種差別を美化する発言をした人がいた。これを大学側が見つけ、少なくとも10人に入学許可取り消しを言い渡したという。記事によると、大学側は「合格者が道徳性や品性に疑問がある行動をした場合などを含め、大学には入学を取り消す権利がある」と説明したそうだ。またFacebookで同じグループにいた他の新入生たちは、大学側の入学取り消し決定に同意するとインタビューに応じていた。

韓国では、小学生の子供と母親が米国に留学、父親は韓国に残って送金係を務める「早期留学」をする家庭が多い。富裕層の間では遠征出産といって、子供を米国で生み米国の国籍を持たせてあげることがステータスのようになっているが、そこまでできない家庭は早期留学で子供を米国で教育させたがる。世界に羽ばたける人材に育ってほしいからだ。

ソウル市内には米国留学を斡旋する会社が数えきれないほどあり、毎日のように米国留学説明会を開催している。ここでも、保護者に時間をかけて「子供のSNSをチェックして、問題になりそうな書き込みは事前に削除すべき」と説明しているという。

韓国メディアによると、「デジタル葬儀社」*に依頼して子供が作ったIDでネット上に書き込んだものを全て探しだして削除してもらったり、親が子供の名前でTwitterやFacebookに登録して入試でいい点数が取れそうなことを書き続けたり、子供の米国留学のためなら時間とお金を惜しまない親が少なくないという。
*個人の不要なインターネット上の履歴や、亡くなった人のインターネット上の投稿や足跡を削除する会社。「デジタルランドリー」とも呼ばれ、アメリカでは2012年ごろから、韓国では2013年ごろからサービスを提供する会社が現れた

ロイター通信の伝えるところでは、SNSは米国の大学入学だけでなく政府のビザ発給にも影響を与えるようだ。米国国土安全保障省は5月末からビザ発給の審査を厳格にするとして、申請者が過去5年間使っていたSNSのIDを届け出るように決定した。SNSの中身も審査対象というわけだ。

同省は国家の安全保障のため審査の厳格化が必要という立場で、「テロや他の国家安全保障に絡む在留資格の欠如に関連して追加審査が必要と判断された」場合のみSNSのIDを要請するというが、韓国では「ビザ審査書類にあるSNS ID欄を空白のまま提出すると余計審査に時間がかかってしまうかもしれないので、予め当たり障りのないSNSのIDを作って備えよう」という雰囲気になっている。

米国向けビザ発給手続きを代行する法律事務所も、子供のSNSコンサルティングに乗り出した。米国の大学やビザ発給審査で問題にならないようにするためには、SNSにどんな内容を書き込めばいいのか。それは本人がピアノやバイオリンなどの楽器を演奏する姿を載せるのが一番だという。子供に楽器の演奏を学ばせるほど金銭的余裕があり、クラシックをたしなむ教養ある家柄で育ったとアピールできるからだ。その他に、米国に親戚がいると書くのは不法滞在する可能性があるとみられるのでよくない、中東に関する風景写真・料理写真も一切掲載してはならない、といったことをアドバイスしていた。

米国に負けず韓国でもSNSはその人を評価する材料の一つになっている。韓国では就職の際にSNSの評判が当落を決めることもある。韓国は大卒でも就職が厳しく、就活のためにSNS上の活動をがんばる学生も多い。フォロワーが多い=自分は人に慕われリーダーシップがあり社会的に影響力がある人だと会社にアピールするのだ。フォロワーをたくさん集めるために、人が羨むような生活ぶりの写真を載せようと無理をする人もいる。

韓国のニュース番組によると、最終面接の前に応募者の名前で検索してFacebookやTwitterをチェックする企業が増えているという。SNS上でどのような写真やコメントを残しているのかを確認して、その人の日頃の品性や社会性を見るのだとか。

稀なケースではあるが、FacebookのID(実名)でネットニュースのコメント欄に書き込んだ内容が問題になり、「うちの会社が目指している方向とは違う意見を持っているようなので」と面接がキャンセルになった人もいるという。ところが、面接でSNSはやっていないと答えると、今度は「トレンディ―な人ではないのでうちの会社とは合わない」と面接を落とされるというから、SNSをやらないのも就職に影響を与えてしまう。そのため就職活動の前に、自分の過去のネット上での不適切な投稿を削除してもらおうと、デジタル葬儀社を利用する若者が増えているのだとか。

最近はネットの情報源として新聞やテレビに負けない波及力を持つSNSだが、韓国では何を書き込むか、書き込まないべきか、SNSは悩ましい存在になっている。

By 趙 章恩

 

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 2017年9月

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http://www.newsweekjapan.jp/cho/2017/09/sns-1.php

[韓国ソーシャルイノベーション事情] 韓国でもお一人様文化定着 旅行、ご飯も一人が気楽?

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<韓国で日本のシルバーウィークに相当するのが、旧暦のお盆、秋夕(チュソク)。この時期は、都会に出ていた人たちが里帰りし親戚一同が集まる──。だがそんな韓国の姿も変わりつつあるようだ>

韓国では一人で旅行に行く「ホンヘン(혼행)」が流行っている。一人という意味の「ホンジャ(혼자)」と旅行という意味の「ヨヘン(여행)」を合わせた造語である。

世論調査会社のMbrain社が2017年7月韓国19~59歳の男女1000人を対象に夏の休暇計画についてアンケート調査したところ、29.1%が「一人で旅行に行く」と答えた。20〜30代の場合、家族や友達、恋人と旅行に行くと答えた人より、一人で行くと答えた人の方が多かった。

大手旅行代理店Interparktour社が2016年の顧客データを分析したところ、31.6%がホンヘンだった。2016年7月から2017年1月まで国内シティホテルに一人で泊まるパッケージ商品の販売も、前年同期比14%増加した。ここ数年、ソウル市内には外国人観光客向けにシングル部屋ばかりのビジネスホテルが多数オープンしたが、老舗のシティホテルはシングル部屋がないところも多い。ダブルかツインかスイートルームだ。そこにあえて出張でもないのに一人で泊まるパッケージが人気を集めているという。

同じく大手旅行代理店のModutour社も、2012年から2016年までツアー商品を利用した顧客データを分析したところ、ホンヘンの割合が2012年4.5%から2016年19.6%に増えたと発表した。Modutour社によると、ホンヘンに人気の旅行地域は大阪、東京、福岡、ヨーロッパだった。日本の都市がホンヘンに人気なのは、距離が近く気軽に行けて治安がいい、円安で物価が韓国と変わらないかもっと安い、お一人様を変な目で見ない、といった理由からだとか。

SNS上の書き込みも、ホンヘンに関する内容が増えている。Daumsoft社が韓国語で作成されたブログ、Twitter、ポータルニュースを分析したところ、ホンヘンに関する書き込みは2015年1万4703件から2016年1万9706件、2017年は7月末時点で既に1万3345件を超えたほど増え続けている。ホンヘンに関するイメージも「ホンヘンは楽しい」という好意的なものが75%、「ホンヘンは寂しい」といった否定的なものは25%だった。

【参考記事】キャッシュレス社会で韓国の銀行が大変身 カフェ併設に移動型店舗も登場


韓国といえば血縁、地縁、学縁といった縁故を重視する社会で、何事も大勢でわいわいするのが当たり前という雰囲気があった。数年前までなら旅行ツアーに一人で参加したり、遊園地に一人で行ったりするなんて想像もできなかった。食堂では基本2人前からしか売らず、一人客を断るところもたくさんあった。オンラインコミュニティでは「一人で食事に行くと、食堂のおばさんが同情する視線を送ってきて『元気出しなさい』とサービスしてくれた。友達がいないと思われたみたい」という書き込みをはじめ、「どうしても一人で食べないといけない日はタクシー運転手がよく行く食堂を選ぶ。一人でも入りやすい」、「一人で食事する日は食べながらずっと誰かと電話をするふりをする。忙しくて一人で来たとアピールをすれば変な目で見られない」といったアドバイスもあった。

それが今ではすっかり変わってしまった。一人で食事をするのは何ともない事になり、一人しか座れないテーブル席があるサムギョプサルのお店、一人で入れる食べ放題のお店も多い。

こうした変化の理由は、やはり未婚の一人暮らしの人が増えているからともいえる。

韓国統計庁の「人口住宅総調査」によると、2015年末時点で単身世代は全世帯の27.2%ともっとも多い割合を占めている。15歳以上で未婚の人は2010年1231万2000人から2015年1337万6000人に増えた。30代の未婚率は2010年29.2%から2015年36.3%、40代の未婚率は2010年7.9%から2015年13.6%に増えた。

特に韓国の20代は、子供の頃からずっと不景気の中を生きているともいえる。数年前から20代を恋愛、結婚、出産をあきらめたサンポ世代(サンは3つ、ポはポギ=放棄からとった造語)だと呼ばれるようになり、今ではサンポに加え就職、マイホーム、車、人間関係、夢などあきらめたことが多すぎて数えきれないとして任意の自然数Nを付け、「Nポ世代」と呼ぶようになった。学生時代は受験戦争、大学生になると就職戦争、それでも不景気で就職できず契約職を転々とせざるを得なかったNポ世代は、大勢でわいわい旅行に出かける経済的余裕がないともいえる。

【参考記事】気になるCMを連発、旅行サイト「トリバゴ」の意外な正体

Nポ世代が就職に成功すると、今度は「YOLO」にはまるようだ。You Only Live Once(人生は一度きり)の略字で2016年あたりから米国で流行り始めた言葉。韓国でもSNS経由で輸入され、「未来に備えるより今を楽しもう」というライフスタイルをYOLOと言っている。

Nポ世代は、がんばっても報われず、仕方なく色々なことをあきらめてきた世代だからか、経済力を手に入れると、これからはいつどうなるかわからない未来のために我慢して貯金するより、一度きりの人生だから人の目を気にせず今を幸せに生きようとするのかもしれない。

それに現在の文在寅(ムン・ジェイン)政権は勤労基準法を改訂し、週52時間しか働けないようにする方針だ。有給休暇も全部消化できるようにする。現在は残業込み週68時間まで働ける。失業対策のためか、一人が長時間労働するより、短時間労働者をたくさん雇う方向へ導こうとしている。残業ができないと収入が減るので困ると反発する声もあるが、テレビや新聞のインタビューに登場するNポ世代は、「仕事もそこそこ、人生もそこそこ楽しみたいから残業禁止がいい」と話す人が多かった。

Nポ世代に影響されたのか、私の周りの30〜50代もSNSにハッシュタグ#YOLOをつけて家族を置いて一人で海外旅行を楽しんだ写真や、一人ご飯の写真をやたらと載せるようになった。一人で何かを楽しむのがおしゃれだと思う人も結構いるようだ。今年は9月30日から10月9日まで10日の連休がある。政府が国内観光活性化と消費活性化を狙い公休日の間の平日を臨時公休日に指定したからだ。韓国では「黄金連休」と呼ばれる10日間ホンヘンがまた増えそうだ。

【参考記事】飛行機での出張はVR導入でどれだけ快適になる?


By 趙 章恩

 

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 2017年9月

-Original column

http://www.newsweekjapan.jp/cho/2017/09/post-12.php

[韓国ソーシャルイノベーション事情] 温もりのある声で癒しを 感情労働ストレスを軽減させた取り組み

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<ストレスの多い現代、企業の問い合わせ窓口やユーザーサポートの担当者は、顧客のかかえるストレスをぶつけられても、誠心誠意対応しなければならない。そうした問題に対するユニークな取り組みが行われた>

感情労働(Emotional Labor)とは、業務上特定の感情を演出または維持しないといけない労働という意味で、米国の社会学者Arlie Russell Hochschildの「Emotion work, feeling rules, and social structure」(American Journal of Sociology. University of Chicago Press. 85 (3): 551-575. JSTOR 2778583、1979年11月)という論文で紹介されたのをきっかけに世界中で広まった用語である。

例えば、航空会社のキャビンアテンダント、銀行窓口のテラー、コールセンターのオペレーター、顧客相談室や電話相談窓口担当者など、直接顧客と接する業種で、相手に何を言われようと常に笑顔で親切に対応する仕事をしている人を感情労働者という。

職場で自分の感情をさらけ出して仕事をしている人はとても少ないと思うので、結局社会人は誰もが感情労働をしていると言えるが、韓国では特に企業のコールセンター、修理受付窓口がもっとも感情労働を強いられる職種と言われている。苦情を受け付けたり、サービスを解約しようとする顧客をなんとか引き止めたり、商品の故障で不便な思いをしている顧客に謝罪したり、顧客に何を言われても丁寧に話を聞くのが仕事であるが、普通に話をする人ばかりいたら苦労はしない。最大限親切にマニュアル通りにしてやっと電話が終わったと思っても、電話をしてきた顧客が「親切ではなかった」と本社にクレームをいい、業務評価が下がる二重苦もある。

韓国の石油会社GSカルテックスは、社会貢献活動の一環として「世を変えるエネルギーキャンペーン」を行っている。その一つとして、「心をつなげる保留音」というプロジェクトを行った。GSカルテックスと韓国GMが協力し、自動車メーカー韓国GMのコールセンターに電話をかけると流れる保留音をちょっと特別なものに変えるプロジェクトである。

【参考記事】ソウルで年に1度空襲サイレンが鳴る理由は? 韓国版防災の日「ウルジ」
【参考記事】デジタル時代だからこそ価値がある? 韓国で話題の手書き代行ビジネス

韓国の企業はどこもコールセンターの職員らが感情労働をしていてストレスをため込んでいることをよく知っている。そのため大手企業はコールセンターの勤務環境をよくし、退職率を減らすためあらゆる対策を講じている。だが、カウンセリングを受けさせる、特別休暇を与える、社員向けパーティーを開いたなどあらゆる対策を講じたというニュースはあっても、これといった効果があったという話は聞こえてこない。

そこで石油会社GSカルテックスの社会貢献キャンペーンを担当している広告代理店が、「ため込んだストレスを解消する対策より、ストレス要因を事前にシャットアウトする方法を試してみよう」と提案。韓国GMが自社のコールセンターでこのキャンペーンをやってみたいと同意した。そして対応策として保留音を変えた結果、驚きの効果があった。

キャンペーン紹介動画は暴言を吐く声で始まる。そしてコールセンターの女性職員らが登場し、「(暴言を聞いた時)最初は手が震えました」、「なんで私暴言を聞かないといけないのだろう。家に帰れば私だって大事な娘なのに」。「誰もが知っているけど変えられなかったこと。だから変えてみようと思います」というナレーションに続いて特別な保留音を録音する様子が流れる。

声優ではなく一般の人を集めて、中年男性の声で「やさしくてまじめなうちの娘におつなぎします」、若い男性の声で「愛するうちの妻が対応します」、子供の声で「私が世界で一番好きなママが対応します」と録音した。2017年6月末から韓国GMのコールセンターでは、いつもの音楽と一緒に流れる「しばらくお待ちください」の保留音の代わりに、この声を保留音にした。

保留音を変える前と変えてから5日後、コールセンター職員にアンケート調査を行った。保留音を変える前、ストレスを感じていると答えたコールセンター職員は保留音を変える前は79%だったが、変えた後は25%しかいなかった。自分が尊重されていると感じると答えたコールセンター職員は0%から25%に増えた。顧客からのやさしい言葉も58%から66%へ増加した。電話に出るなり苦情をまくしたてる顧客が減り、不便なことや修理を依頼したいことをやさしく話してくれるようになったという。キャンペーンが話題になると、保留音を聞くためだけに電話して、とてもいいキャンペーンだとコメントを残す人もいるのだとか。

【参考記事】地域活性化アイデアで生まれ変わる廃校、少子高齢化進む農漁村に新たなビジネスチャンス
【参考記事】高校生たちが考えた給食の食品ロス解決イノベーション「レインボートレイ」

同様の取り組みとしては、仁川市でも感情労働者を支える別のキャンペーンが行われた。時刻表に追われ一人で長時間運転するバスの運転手も一人で多数の顧客を相手にする感情労働をしているとして、仁川市は運転手を励ますプロジェクトを考えた。

仁川市内を運行するバスで最も乗客が多い路線のバス2台に、ある装置を取り付けた。乗客が降車ボタンを押すと、「運転手さん、いつもありがとうございます」、「今日もファイト!」などと声が流れる。仁川市民156人が参加し、いつも利用しているバスの運転手さんに感謝の気持ちを込めて録音した声だ。仁川市の狙いは市民の声で運転手を励まし、安全運転を心がけるようにすることである。

近い未来には人に代わって人工知能がコールセンターの役割をし、ロボットが働き、自動運転バスが街を走ると予想される。こうした感情労働者のためのキャンペーンはこれが最後になるかもしれない。いや、そうなれば今度は「人間同士思いやりを持ちましょう」、とロボットとは違う人間味を取り戻そうというキャンペーンが始まるかもしれない。

【参考記事】SNSとビッグデータから生まれたソウル市「深夜バス
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By 趙 章恩

  

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 2017年9月

 

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http://www.newsweekjapan.jp/cho/2017/09/1-1.php

[韓国ソーシャルイノベーション事情] ソウルで年に1度空襲サイレンが鳴る理由は? 韓国版防災の日「ウルジ」

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<9月1日は防災の日。同じような訓練が韓国でも8月下旬に行われたが、日本とは比較にならないくらい大掛かりなものだ。その目的とは──>

8月23日午後2時、ソウル市内に突然空襲サイレンが鳴り一斉に車の通行が止まった。通行人も地下鉄の駅や建物の中に入り、人でごった返していたソウル中心部が突然静かになった。

この日は年に1度韓国全土で大々的に行われる「民防衛の日」であり、乙支(ウルジ)練習の日でもあった。どちらも国家の非常事態を想定して各種訓練を行い、国民の安保意識を高める日である。韓国の非常事態といえば北朝鮮の攻撃だが、最近は地震、洪水などの災害も含めた避難訓練を行っている。

乙支練習は毎年8月の終わり頃に行われ、一般市民はもちろん全省庁と自治体、軍、警察、教育機関、大手企業など、あらゆる組織が戦争といった緊急事態に備え、安保と安全のため何をどうすればいいのか点検する日である。

50回目を迎えた2017年の乙支練習は8月21日から24日までだった。日本の総務省のような役割をする行政安全部が主管、全国4000あまりの組織が参加した。”乙支”は高句麗時代に隋と闘って撃破した英雄である乙支文徳(ウルジ・ムンドク)将軍の名前からとったものだ。

毎年乙支練習に合わせて、韓国軍は米軍とUlchi-Freedom Guardian演習を行う。韓米連合司令部が主管する訓練で1953年の朝鮮戦争休戦後から毎年行われてきた。2017年は韓国軍5万人、米軍1万7500人が参加した。時代の変化に伴い、数年前からは重要インフラ設備に対するサイバーテロを食い止める演習、位置確認システム(GPS)電波を撹乱させる演習も行っている。
 
中央政府の乙支練習は、8月21日朝、青瓦台(大統領官邸)に民防衛服と呼ばれるおそろいのジャンパーを着た大統領と国務総理、長官、ソウル市長などが乙支国務会議に出席することから始まった。

北朝鮮が繰り返しミサイル発射実験を行い、韓米連合軍事練習に猛反発している中で行われた乙支国務会議だけに、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は「乙支練習はわが国民の生命と安全を保護するための民・官・軍の防衛体制を点検するためである。固い韓米同盟を基盤に国際社会と協力して、現在の状況が戦争の危機に発展しないよう全力で尽くす。全政府関係者と軍は、どのような挑発にも対応できる万全な警戒体制を整えてほしい」と強調した。

各省庁では、サイバーテロに備えた練習も行われた。練習用に作られたハッキングメールを送信して職員が引っかかるかどうかを見たり、省庁のホームページがハッカーに攻撃されていることを想定した練習などを行った。

IT政策を担当する科学技術情報通信部(部は日本でいう省にあたる)は、他より力を入れてサイバーテロ防止のため練習をするだろうな、と思っていたところ、なぜか職員向け戦闘配給食(ration)の試食会を開催していた。試食の目的は、安保のために献身している軍人に感謝し、戦争を間接的に体験して国防意識を高めるためだとか。楽しそうな企画で全職員が乙支練習に関心を持つようにすることも大事だ。


重要インフラである電力会社も軍と警察と合同で乙支練習を行った。電力設備が爆破され、同時にサイバーテロまで発生した最悪な状況を想定し、そこから電力設備の緊急復旧を行う練習である。全国から職員2365人が参加し、同じ練習を繰り返した。こういう時にVRを使えばより臨場感があり、必死で復旧作業が進めると思うのだが、まだそこまでは至ってなかった。

ウルジ練習も民防衛の日も戦時に備えた練習ではあるが、一般の人は「民防衛って今日だっけ? 面倒だな」ぐらいの感覚だ。8月23日は朝から市内あちこちに警察官が立ち、民防衛の日の準備をしていた。

午後2時サイレンがなると警察官の誘導でビルの中か地下鉄駅構内に入るか車の中にいるか、とにかく外にいてはならない。警察官に逆らうわけにはいかないので、私もしぶしぶ誘導に従いビルに入った。たった5分じっとしているだけなのに、とても長く感じてしまう。ビルでは入居企業が防災訓練をしているようで、警備員の誘導でロビーを走り回っていた。みんな「なんでこんなことしているんだろう」みたいな顔だった。

私もそうだが、ほとんどの韓国人は北朝鮮がミサイルを打ち上げても「あ、またか」としか反応しなくなった。危機感ゼロである。

しかし日本のニュースを見ると韓国で今にでも戦争が起きそうな報道ぶりで驚いた。すっかり平和ボケしてしまったが、韓国と北朝鮮は休戦状態のままだった。

乙支練習を主管した行政安全部は、「毎年練習を通じて、北朝鮮のミサイル発射やサイバーテロといった包括的脅威から国を守るための国家危機管理能力を点検し、戦時に備えた現実的な計画とマニュアルを作成・補完している」と説明している。

どうせ年に1回練習をするなら、もっとびしっとARやVRを使ってリアルに、実戦さながらの避難訓練をした方がいいのではないかと思うのだがどうだろう




By 趙 章恩

 

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 2017年9月

 

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http://www.newsweekjapan.jp/cho/2017/09/1-1.php

[韓国ソーシャルイノベーション事情] 韓国クレーンゲーム大ブームが思わぬ方向へ 何が問題に?

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<今、韓国でブームになっているのがクレーンゲーム、日本でいうところのUFOキャッチャーだ。流行に敏感で、何事にも熱中しがちな国民性のせいで、たかがゲームと言ってすませられない問題も起きている──>

この頃韓国では再びクレーンゲームが人気を集めている。クレーンを使ってぬいぐるみをキャッチするゲームのことで、日本でいうUFOキャッチャーである。オンラインゲームばかりしていた韓国の小学生から大人まで、今はクレーンゲームに夢中になってしまった。SNSの洪水でインターネットに疲れた人たちが逆にアナログの時代に戻りたくなったのかもしれない。今ではスーパーの前にも、食堂の前にもクレーンゲーム機は必ず置いているほどの人気ぶりだ。

かつて日本でUFOキャッチャーの攻略法や達人が話題になっていた時のように、韓国の地上波放送のバラエティー番組ではぬいぐるみをキャッチする技を紹介したり、芸能人らがクレーンゲームで勝負する番組が増えた。YouTubeにも数々のクレーンゲーム名人が登場した。地上波放送の番組には「クレーンゲームの達人」が出演、どんな角度からも狙ったぬいぐるみは逃さない神業を披露して話題になっている。


この達人の職業はカメラマンなのだが、本人のスタジオにクレーンゲーム機を置き、毎日練習しているという。クレーンゲームにはまった理由は、偶然ゲームでキャッチしたぬいぐるみを撮影に来た子役にあげたところ、ものすごく喜んでいい写真が撮れたので、そこから病みつきになってしまったのだとか。

ゲームをするたびにキャッチできるわけではないはずだし、練習のためにゲームセンターにつぎ込んだお金を考えると「ぬいぐるみなんて買った方が安いのに……」とツッコみたくなるが、あくまでも気持ちの問題だ。クレーンゲーム機でぬいぐるみをキャッチできた喜びは、狩りで狙った獲物を手に入れたのと同じ感覚なのかもしれない。

韓国の警察の調べによると、クレーンゲーム専用ゲームセンターは2017年1月末時点で全国1446カ所あり、2年前より20倍も増えたという。これだけ人気が出ると、問題も出てくる。警察はクレーンゲーム専用ゲームセンターの集中取り締まりを行っている。

警察が問題にしているのは、(1)クレーンゲームの中に著作権を侵害したコピー商品のぬいぐるみを入れてないか、(2)ゲームセンターの運営時間を守っているか、(3)景品の価格規定を守っているか、の3点である。


ゲーム産業振興に関する法律によりゲームセンターの運営時間は朝9時から夜12時までで、18歳未満は夜10時までしか入場できないことになっているが、クレーンゲームばかりを置いてあるゲームセンターは、ほとんどの場合24時間無人で運営されているため、深夜時間帯の青少年の出入りを制限できないことを警察は問題にしている。同じくゲーム産業振興に関する法律により、景品は1個5000ウォン相当の品までという決まりがあるが、ドローンやドライブレコーダーといった高価な景品をクレーンゲームの中に入れているゲームセンターもある。

それに予想もしなかった問題も発生した。韓国大田市では、たった2時間でクレーンゲームのすべてのぬいぐるみ約200個をキャッチされてしまったゲームセンターの社長が、客を窃盗と詐欺の容疑で訴えた事件もあった。ネットでは「機械を壊したわけでもなく、ちゃんと利用料を払ってゲームをして景品としてもらったのだから窃盗ではないはず」というコメントが殺到した。警察の判断も同じで、「クレーンゲーム機のコツをつかんで他の客よりたくさんぬいぐるみをキャッチしたとしても、それがクレーンゲームのルールを本質的に変えるものではなく、機械を誤作動させたわけでもない。利用料を払い正当に取得しているから問題ない」という結論になった。

この事件は問題になった客本人が記事のコメント欄に投稿、「このゲームセンターでは1万ウォン当たり12回クレーンゲームをプレイできるようになっていた。1万ウォンを払って3〜8回ほどキャッチに成功、その繰り返しで、2時間で60万ウォンも使った。私はクレーンゲームが好きなだけで詐欺ではない。ここまで上達するのにどれだけお金を使ったことか。クレーンゲームってなかなかやめられないですよね」と嘆いていた。

クレーンゲームを楽しむ人が急増し達人も増えてくると、あちこちのゲームセンターでこの事件と似たようなことが起きるだろう。それにやりすぎも問題である。2000年代中盤オンラインゲーム中毒で過労死したり引きこもりになったりする人が増えて社会問題になった韓国だけに、クレーンゲームブームも心配になってしまう。今度はクレーンゲーム中毒が広がらないよう対策を講じたいものである。



By 趙 章恩

 

 

 

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 2017年5月

 

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http://www.newsweekjapan.jp/cho/2017/05/post-10.php

[韓国ソーシャルイノベーション事情] 「国らしい国を作る」韓国・文在寅大統領に期待高まる

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<文在寅(ムン・ジェイン)が韓国の大統領に就任して1週間。9年ぶりの革新系大統領の誕生に対して韓国国民の期待が高いのは、朴槿惠前大統領によって停滞した国政の再起動ということ以上に、国民自らが能動的に政治に関わるようになった時代の大統領という意味があるようだ>

韓国に新しい大統領が誕生した。罷免された朴前大統領を擁護する保守派と改革を望む進歩派と中 道派に分かれ15人の候補(そのうち2人は辞退)が繰り広げた選挙レースの結果、文在寅大統領が圧倒的な支持で当選した。韓国社会世論研究所が5月10日19歳以上男女1044人を対象に行った世論調査では、回答者の83.8%が「文大統領が国政をうまくやっていくと期待している」と答えた。

文大統領は選挙運動期間中、「原則と常識が通じる国らしい国を作る」、「完全に新しい韓国を作る」、「国民のための国を作る」と公約した。朴前大統領とその友人が国政に介入、私利のために国の政策を牛耳り、国の経済と外交、安全を破たんさせたとして国民が立ち上がり朴前大統領を罷免して政権交代を望んだ。この流れから、文大統領はマスコミのインタビューで、「国民がどんな気持ちで氷点下のソウルでろうそく集会に参加し続けたのか、それを忘れない」と何度も繰り返していた。

文大統領は「国民のための大統領になりたい」という人らしく、選挙運動期間中も当選後も、警護は最小限に止め、自ら市民に近づいて話を聞いたり、セルフィーに応じたり、握手したり、「脱権威」的な姿を見せた。文大統領は韓国人が憧れるがなかなかなれない「外柔内剛」を実践する人で、いつも謙遜でやさしい笑顔を忘れないが、不正腐敗勢力には容赦ない一面も持っている。

朝鮮戦争当時、北朝鮮から着の身着のまま逃げてきた両親の元で生まれた文大統領はとても貧しかった。あまりの貧しさに自分の人生を嘆き不良少年になった時期もあるのだとか。浪人の末4年間授業料免除を約束した慶熙大学法学科に進学。ファーストレディの金正淑夫人は同じ大学の声楽科の2年後輩にあたる。金正淑夫人のインタビューによると、学園祭の日に友達の兄の紹介で一度文大統領に会ったが「女性と初めて会う日、男性はスーツを着てくるものだと思い込んでいたので、変な緑色のジャンパーを着てきた彼が気に入らなかった」ため交際には発展しなかった。それから1年後、朴正煕大統領の独裁に反対する学生運動の先頭に立っていた変な緑色のジャンパーを着た男性が催涙弾に当たって気絶したのを見て水で濡らしたハンカチで顔を拭いてあげた。それが他ならぬ文大統領で、そこから交際が始まったという。

文大統領は学生運動をしたことで実刑、強制徴兵で特殊部隊に服務、除隊後もまた民主化運動を続けて捕まり獄中で司法試験合格の知らせを受ける。学生運動をした人は司法試験の最終面接で落とされる傾向があったが、慶熙大学の学長が身元保証人となり合格できたという話もある。判事を目指したが学生運動の前歴から任用されず弁護士になった。その後は故盧武鉉大統領と一緒に釜山で人権弁護士として活躍し、軍事独裁に立ち向かう民主化運動の先頭に立った。盧武鉉大統領を補佐するため大統領官邸で務めていた頃、あまりの激務に歯が10本も抜けてしまったというすごいストーリーの持ち主でもある。韓国では高所得の弁護士になったにも関わらず、お金にならない仕事や人助けばかりする夫を支えた金正淑夫人に対する人気も高まっている。

文大統領の当選が確定した投票日の夜、同じ共に民主党のアン・ヒジョン忠清南道知事が駆けつけ、「文大統領は大韓民国が誇る大統領になるでしょう」と語り支持者の前で文大統領の頬にチューする場面もあった。アン知事は文大統領と党内の大統領公認候補者選びで争った人物である。ロイター通信、ニューヨークタイムズ、ウォールストリートジャーナルなど米国のメディアはこぞってこの頬チュー写真を掲載した。文大統領は朴前大統領と全く違うタイプの人であることを象徴するような写真だった。アン知事のTwitterには、「翌朝自分がしたことを思い出して布団をけっているのではないか」といった質問が殺到、アン知事は冷や汗をかく絵文字と一緒に「それでもハッピーで楽しい朝です」と書き残した。

文大統領の人気は雑誌の売り上げにも貢献した。5月12日付ヘラルド経済新聞によると、文大統領を表紙にした米国TIME誌アジア版は6万7000部売れたという。今までは1号当たり平均2000部売れていたというからいつもの33倍以上売れたことになる。文大統領が表紙のTIME誌はオンライン書店では予約が殺到、入荷しては完売の繰り返しだった。TIME誌は投票日前の5月5日当選を予言するかのように文大統領を表紙にし、The Negotiatorのタイトルを付け、金正恩を相手にする韓国のリーダーを目指す人だと紹介した。

文大統領が就任してまだ数日しか経っていないが、韓国の大統領官邸の仕事ぶりが激変した。今までは大統領がどこで何をしているのかは機密事項だとして、大統領が外部のイベントに姿を現す時以外どこで何をしているのか国民は知る由もなかった。大統領官邸の記者会見は報道官が行い、大統領が姿を見せることはなかった。しかし今は大統領が1日どんな仕事をしたのか日程を公開、大統領が自ら記者会見に参加した。文大統領就任から1週間、大統領は王様ではなく国民が選んだ代理人として国を経営する人だということに再三気付かされた。

大統領が変われば政府省庁も公共機関も変わる。公共機関は文大統領の公約通り、非正規職を正社員に切り替えようと動いている。5月12日には真っ先に仁川空港公社が、派遣会社経由で雇っている非正規職約1万人を公社の正規職として採用すると発表した。仁川空港公社の非正規職員らは涙を流しながら喜んだ。

仁川空港公社は開港以来、職員のほとんどをアウトソーシングしている。2017年5月時点でセキュリティーチェック、貨物運搬、警備、清掃などあらゆる分野の職員約84%が公社の入札で選ばれた派遣会社に所属している。入札は3〜5年ごとに行われるので、派遣会社が入札で落ちたら非正規職の人は職を失うしかない。韓国は正社員と非正規職の賃金・休暇といった待遇の差は2倍近くある。非正規職だといつ解雇されるかわからない不安がある。

文大統領は以前から「国民の安全にかかわる業務は必ず正規職で雇うべきで、公共機関は非正規職ゼロを目指すべき」だと主張してきた。韓国では雇用を増やすことだけでなく、増えすぎた非正規職を正規職にすることも大きな課題になっている。仁川空港公社の記者会見には文大統領もお祝いに駆けつけた。

オンラインコミュニティやポータルサイトニュースのコメント欄には「文大統領が就任してからニュースを見るのが楽しくなった」、「展開が早すぎてびっくり。やさしいだけの大統領ではなかった」、「国民を守ってくれる大統領。頼もしい」などと文大統領を応援する書き込みであふれている。文大統領に投票しなかった人も、大統領としての仕事ぶりには満足している様子だった。

文大統領は盧武鉉大統領の秘書室長を務めた経験がある。そのことから韓国メディアは連日、改革を目指したが失敗に終わった盧武鉉政権の二の舞になるのか、それとも文在寅政権は改革に成功するのか、比較する記事を掲載している。

「文大統領は盧武鉉大統領の失敗を踏まえて保守勢力も抱え込み、保守と進歩に分かれた社会を統合しつつ積弊と呼ばれる腐敗勢力をきれいさっぱり片づけられるのか。改革に成功するのか。それとも盧武鉉大統領がそうだったように、保守勢力に足を引っ張られ急速な変化を望まない進歩勢力からも攻撃され何もできずに終わるのか」といった具合だ。

しかし文大統領の比較対象はなぜ盧武鉉大統領なのか、比較するなら朴槿恵大統領ではないか、李明博大統領、朴槿恵大統領はなかったことにしたいのかと韓国メディアに聞きたいものだ。

それに改革を望む人達は盧武鉉大統領の時代を教訓に生まれ変わった。今はSNSも発展しているので、メディアの言葉を鵜呑みにして誰かを一方的に批判することはしなくなった。ろうそく集会をみればわかるように、社会の悪を見て見ぬふりすることもなくなった。盧武鉉大統領は生前、「主権者は自ら追求する利害関係を反映するためにも政治的選択に能動的に参加しなくてはなりません。目を覚ました市民の団結した力が民主主義の最後の砦であり我々の未来です」と繰り返した。

今回の大統領選挙では、政治に目を覚ました市民がSNSでグループを作り、自分が支持する候補の選挙運動にも積極的に参加し、悪質なフェイクニュースを見つけるとすぐ警察に通報して削除を要請、不法選挙運動や投票場・開票場の監視などにも参加、能動的に政治的選択をしようとがんばった。目を覚ました市民が文大統領の政策を信頼し、後押しすれば、韓国は大きく変わるしかない。冒頭の世論調査でもわかるように、韓国では今のところは文大統領を信頼し期待する人の方が多い。

何はともあれ、文大統領には5年の任期が終わるまで、ずっと国民が応援せずにはいられない大統領でいてほしいものだ。



By 趙 章恩

 

 

 

Newsweek コラム&ブログ

 

韓国ソーシャルイノベーション事情

 

 

 

 2017年5月

 -Original column

http://www.newsweekjapan.jp/cho/2017/05/post-9.php

[日本と韓国の交差点]「完全に新しい韓国」、文在寅大統領への期待

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朴槿恵前大統領が弾劾、罷免されたため7カ月前倒しで行われた韓国大統領選挙で、文在寅(ムン・ジェイン)候補が当選した。文氏は「完全に新しい韓国」をスローガンに掲げ、「不正腐敗を繰り返してきた積弊勢力を清算する」「原則と常識が通じる国らしい国を作る」と強調してきた。

 文氏の得票率は41%、朴前大統領を擁護し保守票を集めた自由韓国党のホン・ジュンピョ候補(24%)に558万票の差をつけて勝った。世論調査はずっと、文氏が40%以上の支持を得て当選すると予測していた。1位と2位の票差は歴代最多である。2012年12月の大統領選挙で文氏が朴氏に敗れた時の票差は約108万票差だった。

 今回の大統領選に出馬した候補は15人(2人は途中棄権)。そのうち、主な政党の代表者である5人が票を争ったため票が割れた。今までの大統領選挙は保守派の代表と進歩派の代表、2人のうちどちらかが当選するパターンだった。

20 ~40歳代で強い支持

 中央選挙管理委員会の発表によると投票率は暫定77%。前回(76%)より1.4%ポイント上昇した。史上初の事前投票(身分証さえ持っていれば全国どの投票場でも投票可能。指紋認証も併用する)と補欠選挙のため投票時間を2時間延長したことが投票率を上げた。

 地域別開票結果をみると、朴前大統領の地元である大邱市、慶尚北道はホン候補の得票率の方が高かった。慶尚南道も、わずかではあるがホン候補が優勢だった。ただし、その他の地域では文氏が1位だった。

 地上波放送局3社が共同で実施した出口調査結果によると、全国の20~50代が文氏を支持した。文氏の得票率は、20代(19歳含む)48%、30代57%、40代52%、50代37%、60代25%、70代以上23%。ホン氏は60代46%、70代以上51%とシニア層からは圧倒的に支持された。

 韓国では複数のメディアが「20~30代の若者がろうそく集会と弾劾、今回の大統領選挙を通じて、国民が政治に関心を持って声を出せば国を変えられることを経験した。1987年民主化運動を経験した50代とろうそく集会を経験した20~30代が韓国を変える改革勢力になるだろう」と分析した。

「国民だけを見て正しい道に進みます」

 文氏は9日深夜、当選確定を受けて、以下のあいさつをした。

 「本当にありがとうございます。国らしい国を作るため一緒に歩んできた偉大な国民の偉大な勝利です。新しい大韓民国のため他の候補とも手をつなぎ一緒に前進します。私は国民すべての大統領になります。私を支持しなかった国民も大事にする統合の大統領になります」

 「尊敬する国民の皆様。国民の切実な望みと念願、絶対に忘れません。正義の国、国民が勝つ国を必ず作ります。常識が通じる国らしい国を必ず作ります。渾身の力を込めて新しい国を必ず作ります。国民だけを見て正しい道を進みます。偉大な大韓民国、正義の大韓民国、堂々とした大韓民国、その大韓民国の誇らしい大統領になります」

「何よりも雇用を大事にし、同時に財閥改革もします」

 5月10日午前8時、中央選挙管理委員会は全体会議を開き、文氏の当選確定を公式に発表した。今回の大統領選挙は補欠選挙に当たるため、大統領就任式や大統領間の引き継ぎはない。

 文氏の大統領としての任期は中央選管の発表直後から始まった。8時10分頃には韓国軍の最高位であるイ・スンジン合同参謀議長が文大統領に軍の状態を電話で報告。文大統領は「大統領としてわが軍の力量を信じている。国民の安全のために万全を期してほしい」と応じた。

 午前9時には自宅がある西大門の住民に見送られ家を出た。午前10時には歴代大統領の墓地がある国立ソウル顕忠院(国立墓地)を参拝。その後、国会に到着して国会議長と歓談。野党になった自由韓国党のほか、国民の党、正しい政党、正義党を訪問して党代表と歓談し、「野党と随時議論し、協治する。国政に協力してほしい」と伝えた。

 正午には国会で大統領就任宣誓を行った。その後「国民への言葉」として以下のように述べた。

 「2017年5月10日は真正な国民統合が始まった日として歴史に残るでしょう」

 「旧時代の間違った慣行と決別します。権威的大統領文化を清算します。国民とコミュニケーションします。国民と目線を合わせる大統領になります」

 「安全保障に関わる問題を急いで解決します。必要ならすぐワシントンに飛んでいきます。北京と東京にも行きます。条件が整えば平壌にも行きます。韓米同盟はより強化します。THAAD問題解決のため米国および中国と真摯に交渉します。自主国防力強化のため努力します」

 「分裂と葛藤の政治も変えます。国内外は厳しい経済状況です。何よりも雇用を大事にし、同時に財閥改革もします。文政府の下では政経癒着という言葉が完全に消えてなくなるでしょう。差別のない世の中を作ります。機会は平等に与え、選抜課程は公正に、結果は正義に満ちたものにします」

 「この大統領選挙は前任大統領の弾劾によって行われました。不幸な歴史は終息すべきです。私は大韓民国の大統領の新しい模範になります。清廉な大統領になります。国民の誇りになります。約束を守る正直な大統領になります。公正な大統領になります。特権と反則のない世の中を作ります」

 「2017年5月10日、大韓民国は新たなスタートを切ります。私は命を注いで働きます」

By 趙 章恩

 日経ビジネス

 2017年5月

-Original column

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/215834/051100063/

[日本と韓国の交差点] 韓国大統領選、安哲秀氏の支持率が上がった理由

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5月9日に行われる第19代・韓国大統領選挙まで、残り1カ月を切った。

 北朝鮮は弾道ミサイルを再び発射。米中首脳会談で、北朝鮮の核・ミサイル開発の解決に向けて協力を強化することに両国首脳が合意した。

 海の上の軍事基地と呼ばれる米海軍の航空母艦カール・ビンソンは4月8日、シンガポールからオーストラリアに向かう計画を変更し、再び朝鮮半島に向かった。北朝鮮に対して存在感を示すためだ。同空母は3月15日から2週間、韓米連合軍事訓練のために釜山港に入港していた。

 韓国内では、大統領不在による外交・安保の停滞が深刻に受け止められている。その影響からか、大統領候補の支持率にも変化が表れ始めた。

 19代大統領選挙には、各党から選ばれた5人が出馬している。進歩派は、共に民主党のムン・ジェイン(文在寅)候補と正義党のシム・サンジョン候補が。保守派からは、自由韓国党のホン・ジュンピョ候補と正しい政党のユ・スンミン候補が。そして進歩と保守の間にある中途派からは国民の党のアン・チョルス(安哲秀)候補が立った。

 各新聞とテレビ局が4月9日に行った世論調査では、文在寅氏と安哲秀氏の支持率がほぼ拮抗。安哲秀氏の支持率の方が高いと報道するメディアもあった。今までは文在寅氏が圧倒的な支持を集めていた。

 複数の韓国メディアは、「20~40代が支持する文在寅氏と50~60代が支持する安哲秀氏の競争になった」と報道している。完全な進歩派か、保守と進歩の間にある中途派か、の選択になった。

 50代以上の根強い保守支持層が安哲秀氏を支持し始めたことから、同氏の支持率が急上昇しているという。保守派支持層は、保守派の候補が当選する可能性はないので、次善の選択として安哲秀氏を支持している。進歩派だけど、文在寅氏は支持しないという人達がこれに加わった。

 文在寅氏は学生時代に民主化運動に参加した。弁護士出身で、故ノ・ムヒョン大統領の秘書室長、共に民主党の党代表を歴任した。安哲秀氏は元医者。パソコンのウィルス退治ソフトを開発しベンチャーを立ち上げた起業家でもある。KAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)・ソウル大学教授、国民の党の元共同代表を歴任した。

 2人とも2012年の大統領選挙には、進歩派の大統領候補として出馬した。進歩派支持層の票が分散するのを避けるため候補を一本化しようと安哲秀氏が選挙前に候補を辞退。朴槿恵前大統領と文在寅氏の一騎打ちとなった。進歩派候補だった2人が今回、ついに大統領選挙でぶつかることになった。

 文在寅氏と安哲秀氏は12年には同じ進歩派の候補だったが、現在は正反対のイメージになった。文在寅氏はセウォル号事件の被害者家族と一緒に断食をしたり、ろうそく集会に熱心に参加したり、庶民の味方というイメージを築いた。

 保守支持層からは「親北で過激な人」と見られている。「財閥改革」「積弊を清算する」「大統領になったら金剛山観光を再開、開城公団を拡大する。北核問題を解決するためには対北経済協力が必要で、これは韓国企業の利益にもなる」などを主張してきたからだ。

 一方の安哲秀氏は成功した起業家で学者、エリートのイメージが強い。保守派の「『正しい政党』とも手をつないで協治する」と発言したことから保守支持層にとって受け入れやすい人物といえる。

By 趙 章恩

 日経ビジネス

 2017年4月

-Original column

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/215834/041100062/

[日本と韓国の交差点] セウォル号が韓国社会に生んだ新たな分断

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3月25日夜9時過ぎ、韓国海洋水産部(韓国の「部」は日本の「省」)はセウォル号の船体引き揚げに事実上成功したと発表した。2014年4月16日、修学旅行に行く高校生325人と教師14人、その他乗客104人、乗組員33人合わせて476人を乗せて済州に向けて仁川港を出たセウォル号は、韓国南西部にある珍島周辺の海で沈没、死亡295人、行方不明9人という大惨事となった。

 それ以来1075日ぶりに船体が海の上に姿を現した。25~26日には、事故現場から最も近い彭木(ペンモク)港を多くの人が訪れた。被害者を追悼するためだ。

 海洋水産部は3月22日からセウォル号の船体引き揚げに取り掛かっていた。依然として明らかになっていない事故の原因究明と、9人の行方不明者の遺体を探すためである。船体引き揚げが決まり業者が選定されたのは2015年8月だが、天候や技術的な問題から準備作業が長引き、実際の引き揚げ作業を開始するまでに時間がかかった。

 船体の引き揚げ作業を担当するのはShanghai Salvage中国交通省が所有する国営企業だ。2015年8月に実施された国際入札で選ばれた。落札後、約350人の作業員が珍島の海上に建てたコンテナーで寝泊まりし1日3交代で作業をしてきた。

 海洋水産部によると、韓国政府がShanghai Salvageに支払う費用は、当初予定の916億ウォン(約92億円)から膨張している。引き揚げが難航したことで作業期間が長くなったからだ。途中で引き揚げ方法も変更。この結果、費用は2000億ウォン(約200億円)に及ぶことになりそうだ。複数の韓国メディアによると、Shanghai Salvageはセウォル号引き揚げによる利益より、「難度の高い引き揚げを成功させた企業」として認知される宣伝効果を重視しているという。

 引き揚げられた船体は海水を抜く作業をしたのち、木浦(モクポ)新港に移動。事故の原因究明と行方不明者の遺体捜索に本格的に着手する。船体調査委員会が10カ月ほどの時間をかけて調査することも決まった。同委員会は、国会が推薦した専門家5人と、遺族が推薦した専門家3人で構成される。

CNNは「national trauma」と位置づけた

 セウォル号の船体引き揚げが始まった3月22日、CNNやAFPなど世界各国のメディアも作業の状況を詳しく報じた。CNNはセウォル号大惨事を以下のように説明しながら、「National trauma」と位置づけた。

 2014年4月16日、セウォル号の中に300人近い高校生たちが残されたまま沈没していくのを、全国民がテレビの生中継で見た。沈没し始めた船内で客室の窓を割ろうと必死になっている人の姿も映っていた。セウォル号の船長と乗組員は「動くな、客室内で待機せよ」と案内放送した後、自分たちは真っ先に逃げた。

 大人の言う通り、客室内にいた高校生らは、危険な状況に気付くことなく、傾き始めた船の中で楽しそうにはしゃぐ動画を残した。それが徐々に、助けを求める動画に変わり、親兄弟に最後のメッセージを残す動画に変わった。「どうして客室に残れと言ったのか」「なぜ助けられなかったのか」と怒りを感じない人はいなかっただろう。

 生存者の証言によって、救助活動が常識的には考えられないほど疎かだったことが判明した。子供たちを「助けられなかった」「何もできなかった」という心の負債が、テレビでセウォル号が沈むのを見た人達にいまでも残っている。セウォル号で犠牲になった子供たちのことは、船体引き揚げに関する記事のコメント欄やSNSだけでなく、日常の会話の中でもよく話題になり、みんな忘れることができないように見える。セウォル号大惨事はまさにナショナルトラウマである。


By 趙 章恩

 日経ビジネス

 20173

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http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/215834/032700061/

[日本と韓国の交差点] 朴氏の「真実は明かされる」発言に怒り沸騰

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韓国の憲法裁判所は3月10日、裁判官8人全員が賛成して弾劾訴追案を「認容」する判決を下した。判決主文には「被請求人である大統領・朴槿恵を罷免する」と書かれた(請求人は国会と国会訴追委員法制司法委員長)

 弾劾の判決は言い渡されると同時に効力が発生するので、3月10日11時20分をもって朴槿恵氏は前大統領になった。朴氏は、自宅の修理が終わっておらず、警護体制もまだ整っていないとの理由で、判決から2日経った3月12日午後7時過ぎに大統領官邸を出た。記者会見をすることも、公式コメントを残すこともなかった。朴氏は韓国で初めて罷免される大統領になってしまったが、自宅前に集まった支持者らには嬉しそうな笑顔を見せた。

 大統領官邸報道官だった自由韓国党(前セヌリ党) のミン・キョンウク議員が取材陣に明かしたところによると、朴氏は自宅前で出迎えた「親朴」と呼ばれる議員らに「時間はかかるが、真実は必ず明かされると信じている」とのメッセージを残したという。主な韓国メディアは朴氏のこの発言を「(朴氏が)憲法裁判所の判決に事実上不服を申し立てた。判決に不満を示した」と大々的に取り上げた。

野党は一斉に批判

 この発言が報道された後、3月12日夜から、野党側は朴氏を一斉に批判した。共に民主党のユン・クァンソン報道官は、「朴氏は最後まで自身の国政壟断(朴氏が、友人であるチェ・スンシル氏の国政介入と不正蓄財を助けたとされること)は認めたくないようだ。憲法裁判所による弾劾認容をいまだに不服としているようで遺憾である」とコメントした。

 国民の党のチャン・ジンヨン報道官は、「朴氏が憲法裁判所の判決を承服し、国民の統合に寄与することに期待した。しかし、やはりむなしい期待だった。最後の最後まで『真実は必ず明かされる』云々と語り、憲法裁判所の決定を不服としたのは遺憾である。自分の過ちをわかっていないのは、朴氏個人にとって不幸であるだけでなく国家にとって不幸だ」と論評した。

 保守派の正しい政党(セヌリ党から脱党した議員らが所属)のチョウ・ヨンヒ報道官は、「(朴氏が)憲法裁判所の判決を尊重し、(弾劾を求める国民とそうでない国民を)統合するようメッセージを残すと期待した。だが、分裂と葛藤が続く余地を残したのは遺憾である。それも、自らの口からではなく、代理人の口からだった。朴氏は憲法裁判所の決定を厳粛に受け止め、その結果を尊重すべきである」と論評した。

 自由韓国党(前セヌリ党)は、特別な論評を残さなかった。イン・ミョンジン非常対策委員長が、判決が下った直後に記者会見を開き、次のように述べるにとどめた。「憲法裁判所が弾劾を認容する決定を下したことに対して、自由韓国党は責任を痛感している。与党としての責務を果たすことも、今まで国民が築いた韓国の国格(国の品格)を守ることもできなかった。国民の皆様に心から謝罪する」

 弾劾裁判の請求人である国会弾劾訴追委員長クォン・ソンドン議員(正しい政党所属)は、「法治主義と国民主権を確認できた判決」と評価した。大韓民国憲法第1条2項には、「大韓民国の主権は国民にあり、全ての権力は国民から生じる」と書いてある。


By 趙 章恩

 日経ビジネス

 20173

-Original column

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/215834/031400060/