スマートスクール最前線 from 韓国 ; 第2回:2014年にはユビキタス学校

スマートスクール最前線 from 韓国

第2回:2014年にはユビキタス学校



2012/07/30 00:00

趙 章恩(チョウ・チャンウン)=ITジャーナリスト.
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 韓国の学校では2000年ごろから教師がオリジナルのデジタル教材を作って授業で使うようになった。教育用サイトのEDUNETもオープンした。EDUNETには、教科課程に合わせて参考資料が掲載されているので、教科書だけでは理解が難しい単元はここに掲載されている動画やアニメーションを見て補える。参考書を買うお金がない、塾に行きたくても行けないといった山間地域や島に住む子供にも多様な勉強ツールを提供している。


 2002年には教育行政情報化システムである「NEIS(National Education Information System)」が始まり、本格的にデジタル教科書の開発に着手した。2007年には教育科学技術部が「デジタル教科書商用化推進計画」を発表、2008年からは全国の小・中学校でデジタル教科書の実証実験が始まった。


 国語、数学、英語、社会、科学の5科目が中心で、研究学校に指定された学校では1学年に1クラスをデジタル教科書研究クラスに指定し、デジタル教科書を使わない他のクラスと学習効果や子供の健康状態を比較して政府に報告している。また担当教師は、デジタル教科書のユーザビリティの改善やデジタル教科書を使った最適な授業法の開発にも参加している。


 2011年からはデジタル教科書だけでなく、教室と学校をスマート化する「スマート教室実証実験」も開始された。2014年にはデジタル教科書が全面導入されると同時に、ソウルから高速鉄道で1時間ほど離れた副都心には「ユビキタス学校」が開校する計画である。


「デジタル教科書の方が好き」


 2011年9月6日から3日間、ソウル市にあるCOEX展示場で「スマートラーニング、スマートな世界(Smart Learning, Smart World!)」をテーマにした「e-Learning Korea 2011」が開催された。eラーニング、ユビキタス・ラーニングの進化形である「スマートラーニング」の各種サービス/コンテンツを体験できる展示会と、国際会議などのイベントが開催された。10カ国から97の企業が参加し、合計で2万3000人が来場した。




図1 展示会で行われたデジタル教科書の公開授業


2011年9月にソウル市で開催された「e- Learning Korea 2011」での様子。デジタル教科書の実験校では米HP社のパソコンが使われているが、この日の公開授業で使われたのはSamsung Electronics社の 「GalaxyTab 10.1」。


会場では、2009年からデジタル教科書研究学校に指定されている仁川市のトンマク小学校の教師と6年生の生徒が、デジタル教科書を使った公開授業を行った(図1)。韓国Samsung Electronics社のタブレット端末「Galaxy Tab 10.1」を使い、生徒はデジタル教科書を見ながら先生の説明を聞き、デジタル教科書の中にある問題を解いていた。

 公開授業に参加した子供たちからは、「デジタル教科書なんてインターネットが使える人なら誰でも使える。難しいことなんて何もない」「写真や動画を見ながら授業を受けられるし、分からない単語はすぐ検索できるからすごく便利。ノート機能もあるから電子ペンでメモもできる。家からはサイバー家庭学習にアクセスして予習・復習もできるし、デジタル教科書の方が好き」という声が聞かれた。


授業のメモをクラウドに保存


 展示会では「未来教室」も公開された。壁がガラスになったり電子黒板になったりする「マジックグラス」や、教師・生徒・保護者がつながる教育クラウド・コンピューティングなどのデモがあった。


 教育クラウド・コンピューティングでは、現段階で教師が学校の内外で校務を行い、授業の準備ができる。ただし、生徒と保護者向けのクラウドの完成はまだ先。これができると、生徒は授業中にした筆記やメモをクラウドに保存して、教科書はもちろんノートを持ち歩かなくても家庭で予習・復習ができるようになる。保護者はインターネットさえつながる場所であれば、スマートフォンやタブレット端末から子供の学校生活や先生からの連絡事項、成績表などを確認できるようになる。


HTML 5ベースでの開発始まる


 e-Learning Korea 2011の会場で来場者の注目を最も集めたのは、「Future-School」、「Smart-Campus」のコーナーである。ここでは、教科書の内容を3D映像に変換した学習コンテンツや、eラーニング用の映像を簡単に作成できるソリューションなどが展示された。


移動通信市場でトップ・シェアを持つ携帯電話事業者のSK Telecom社と、Samsungグループでeラーニングや社員研修を専門とするSamsung SDS社も出展企業に名を連ねた(図2)。SK Telecom社は、小・中・高生向けに「Tスマートラーニング」というアプリケーションを開発した。スマートフォンやタブレット端末から利用できるデジタル参考書が出版社別・科目別に登録されており、ユーザーは自分で学習目標を立てて参考書をインストールして勉強し、アプリケーション内で質問もできるようになっている。利用料は1科目当たり月2万6000ウォン(約1730円)である。




図2 賑わいを見せるSamsungグループ企業のブース

「e-Learning Korea 2011」におけるSamsung SDS社のブースの様子。同社はSamsungグループ内で、eラーニングや企業研究を担当している(a)。(b)は、Samsung SDS社が開発した学習支援アプリと端末。






図3 タブレット向けの大学入試対策学習アプリ

Samsung Electronics社のGalaxy Tabは、韓国ではジネスマンより中高生の間で学習用として人気が高い。


Samsung SDS社は、企業の社員研修向けに、スマートフォンやタブレット端末を使っていつでもどこでも研修が受けられるソリューションなどを紹介した。また、タブレット端末向けの大学入試対策学習アプリケーションなども出展した(図3)。

 韓国ではデジタル教科書の導入やスマート教育は、逆らえない時代の流れとして受け止められている。大学入試がその後の人生を決める学閥社会であり、早期留学をはじめとして子供の教育のためならお金を惜しまない高い教育熱、そして2011年10月時点で国民の4割に当たる2000万人以上がスマートフォンを使うという情報化の早さも、それを後押ししている。


 2011年11月からは2014年のデジタル教科書商用化のために、技術標準に関する研究会が盛んに開催されている。2010年から「デジタル教科書2.0」として次世代デジタル教科書がHTML 5をベースに開発されているが、より細かく技術標準を決めることでどの端末からも使えるように互換性を高めていく。


出典:日経エレクトロニクス,2011年12月26日号 ,pp.21~22 (記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)


Original link
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20120719/229185/
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スマートスクール最前線 from 韓国 ; 第1回:教科書の“デジタル・シフト”

スマートスクール最前線 from 韓国

第1回:教科書の“デジタル・シフト”


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2012/07/23 00:00

趙 章恩(チョウ・チャンウン)=ITジャーナリスト

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ソウルから西へ約40km。デジタル教科書を使った先進的な授業の様子を見るために、仁川(インチョン)市にあるヨンハク小学校、サムサン小学校、トンマク小学校という3校を訪問した。これらの小学校は、韓国政府によって「デジタル教科書研究学校」に指定されている。

 教室に入ると、正面には電子黒板が設置され、生徒一人ひとりにはノート・パソコンが配布されている。ヨンハク小学校5年生の国語の授業では、生徒が米Microsoft社のプレゼン・ソフトウエア「PowerPoint」を使って自分の意見をまとめ、それを電子黒板に表示して皆の前で発表していた(図1)。サムサン小学校5年生の科学の授業では、デジタル教科書が出すクイズを生徒たちがパソコン上で答えていた。









図1 デジタル教科書を使った授業 風景

実験的にデジタル教科書を使った授業を実施している小学校での様子。(a)は 仁川市のヨンハク小学校。5年生の国語の時間で、自分の意見をPowerPoint にまとめて電子黒板で他の生徒に見せ ながら発表している。(b)はサムサン小 学校5年生の科学の授業風景。デジタ ル教科書にある参考資料を見て天体と星の大きさの違いを学び、クイズを解いている。


 

 デジタル教科書を使った授業を担当する教師によると、生徒たちは使い方を細かく教えなくても直感的に把握して使いこなし、教師よりもインターネット検索やPowerPointでの資料作成に長けているという。


 授業では、担当教師たちがデジタル教科書と電子黒板を使いこなし、楽しく授業をしている様子が伝わってきた。デジタル教科書の中には参考書が入っているが、教師たちはそれだけに頼らずに、授業に関連する参考資料が掲載されている教育用Webサイト「EDUNET」などから写真や動画を集めてオリジナルの教材を作っていた。デジタル教科書の学習効果は、資料が多いほど理解しやすい社会と科学が比較的高いという。


政府主導の教育改革


 韓国の文部科学省に当たる教育科学技術部と国家情報化戦略委員会は2011年6月29日、国家教育政策として「スマート教育推進戦略」を発表した。2014年からは小・中学校で、2015年からは高校でもデジタル教科書が全面的に使われることになった。当初は2013年から本格的に導入される計画であったが、教室の環境や実用性などが問題になり、1年遅れでの開始となる。


 もちろん、紙の教科書がすぐに撤廃されるわけではない。当面は、紙の教科書とデジタル教科書が併用される。科目の単元ごとに教師が効率よく教えられる教科書を選択して使えるようにする。


 「スマート教育推進戦略」は、韓国の公教育(義務教育や公立学校の教育)をよりスマートに行うためにはどうしたらいいのか、という課題を解決するための教育改革である。教育課程、教育方法、学習評価、教師研修などすべてを変えるもので、大きく六つの戦略が盛り込まれている。


 具体的には、① デジタル教科書の開発と適用、② オンライン授業の活性化、③教育コンテンツの公共利用環境の構築、④ スマート教育の強化、⑤クラウド・コンピューティングを基盤にした教育サービス、⑥スマート教育推進のための未来教育研究センターの設立、などである。


 このようにコンピュータやインターネットを活用した新しい教育の実現に向けた包括的な戦略であるが、中でも最も注目を集めているのがデジタル教科書である。


所得格差が生む問題を解決へ


 教育科学技術部が定義するデジタル教科書とは、「学校と家庭で時間と空間の制約がなく利用でき、既存の教科書に参考書、問題集、用語辞典などを動画、アニメーションなどのマルチメディアを使って統合。多様なインタラクティブ性を持ち、学習者の特性と能力などに合わせて学習ができるようにした教材」である。


 導入の主な目的に、子供たちが自主的に勉強できる環境を構築することや、紙を使わないことによる地球環境対策、などがある。しかし、それらよりニーズとして切実なのは、所得や地域の格差がなく勉強できる「均等な教育機会」の提供である。


 最近、韓国では不況やリストラなどで所得の格差が広がっている。一般に所得が高い家庭の子供は塾に通えるので成績がよく、名門大学に入学して就職できる。一方、所得が低い家庭の子供は大学に行けないので就職もできない、といった“負の連鎖”が起きている。


 デジタル教科書には、こうした所得格差が生み出す社会問題の解決への期待も大きい。教育科学技術部は、「デジタル教科書は教科書と参考書が一つになっているので、塾に行かなくても子供が一人で勉強できるし、教育費を節約できる」と強調する。


国を挙げてeラーニングを支援


 韓国におけるデジタル教科書開発の歴史は、1997年にまで遡る。同年には、学校総合情報管理システムである「SIMS(School Information Management System)」が導入された。「学校PC教育強化方案」などが策定され、教育用ソフトウエアの開発が始まった。


 韓国ではブロードバンドが本格的に普及した2001年から、動画で英会話や大学入試に向けた勉強ができるeラーニングが盛んになった。2004年には世界で初めて「eラーニング産業発展法」を制定し、政府は中小のeラーニング事業者を支援してきた。2009年にはeラーニング法を「eラーニング産業発展及び活用促進に関する法律」に改定し、国務総理が管轄するeラーニング活性化委員会も始動した。


 改定された法律には、小学校から大学まで教育機関でのデジタル教科書や電子黒板などのIT機材の購入・活用を政府が支援することが明記された。韓国のeラーニング産業市場は、2004年の1兆3000億ウォン(約867億円)から2010年に2兆2500億ウォン(約1500億円)と、年平均で約10%成長している。国民のeラーニング利用率も、2010年末時点で3歳以上のインターネット・ユーザーの49%、小・中・高校生の場合は74.4%に上る。



出典:日経エレクトロニクス,2011年12月26日号 ,pp.19~21 (記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)


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http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20120719/229183/
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RFIDを使った韓国初の“ヘルスケア公園”、ソウル市江南区の「U-Health park」

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趙章恩の「韓国スマートヘルスケア最前線」

RFIDを使った韓国初の“ヘルスケア公園”、ソウル市江南区の「U-Health park」


2012年からはNFC搭載スマートフォンにも対応へ


韓国には、健康管理のためにICT技術を活用した公園、いわゆる“ヘルスケア公園”がある。ソウル市江南区に2010年11月5日にオープンした「ヤンジェ川U-Health park」である。

 ヘルスケア機能は、RFIDを利用して実現する。具体的には、距離3.75kmの川沿いの散策路に、RFIDリーダーを埋め込んだ。利用者は、RFIDカードを首からかけて散歩する。すると、利用者の運動距離や歩く速度、時間などから、自動的に活動量を測定してくれる。


 測定した記録は、U-Health parkのWebサイトにも自動的に登録される。会員登録をすれば、利用者は自由に自分の記録を閲覧できる。






RFIDカードを首にぶらさげてウォーキングする利用者(写真提供:江南区保健所)






U-Health Park訪問者センターで健康診断と基礎体力診断をしてからRFIDカードを発行(写真提供:江南区保健所)





RFIDカードをかざすことで運動データを測定し、健康情報を提供するキオスク端末(写真:著者が撮影)



区民対象の無料サービス



 運営の主体は、江南区の保健所。サービスは、区民を対象に無料で提供される。江南区は、韓国の中で富裕層が暮らす街として知られる。U-Health parkは、区民のダイエットや成人病予防、健康維持などのために始まった行政サービスの一つである。


 利用者はまず、インターネットか電話で予約した上で、健康診断を受ける。検査前日の夕方から食事は禁じられる。ヤンジェ川散策路の入り口には「U-Health park訪問者センター」があり、ここで基礎健康検査を行う。なお、同センターは月~土曜日の午前9時から午後6時までオープンしており、看護師と運動管理士、栄養士の3人が常駐している。

 検査と会員登録には40分ほどを要する。検査項目は血圧や血糖、コレステロールなどの血液検査に加え、心肺機能や持久力といった基礎体力も検査する。その上で、個人情報を登録したRFIDカードを利用者に発行する。


 検査結果に基づき、どれぐらい運動をすべきかを運動管理士が提示する。歩き方や運動器具の使い方などについても利用者に説明する。これらの手順を踏んだ上で、利用者はいよいよRFIDカードを首にぶらさげて、散策路に出かける。



継続利用者は400人ほど



 江南区役所によると、2011年10月までに訪問者センターで健康診断を受けRFIDカードの発行を受けた人は600人ほど。定期的に同カードを使って運動している人は400人ほどという。持続的な運動をうながすため、毎週土曜日の午前は、グループで一緒にウォーキングする日にしている。


 散策路は川沿いのため、RFIDリーダーを地中に埋め込めなかった場所もある。こうした場所では、地上にキオスク端末を設置した。13箇所にある同端末からも、利用者は活動量などのデータを確認できる。同時に、「散策する時間をもっと長くするべき」「歩く速度をもっと早くした方が良い」など、利用者に合わせたアドバイスも提示してくれる。


 川沿いのあちらこちらには、複数の運動器具が置かれている。ただし、これらの運動器具の利用時間や利用に伴う活動量は、自動的には測定できない。このため利用者は、どの運動器具を何分利用したのかといったデータを自分でWebサイトかキオスク端末に入力しなければならない。



NFC搭載スマートフォンからも



 江南区保健所は、2012年からは首にぶらさげるRFIDカードでなく、NFC搭載スマートフォンからもサービスを利用できるようにする準備を始めるとしている。NFCとスマートフォンを利用することで、リアルタイムの健康状態から運動アドバイスを行ったり、ヘルスケアとその他のサービスを連携させたりといった、より便利な使い方を模索している。




by  趙章恩

BPnet

2012/02/10

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http://www.nikkeibp.co.jp/article/dho/20120210/298882/

技術優位のデジタルヘルス事業は失敗する

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趙章恩の「韓国スマートヘルスケア最前線」

技術優位のデジタルヘルス事業は失敗する


韓国の過去の失敗から学ぶ(3)



韓国では1990年代から医療保険や病院の情報化といった医療情報化が進み、ヘルスケアを国家産業として支援してきた。展示会では、利用者が認識することなく健康情報を測定して問題があれば自宅で遠隔診療してもらえる便利なヘルスケア・サービスが多数登場した。だが、現実には実証実験止まりでなかなか商用化されていない。それは、技術ではなく法制度や省庁間の縄張り争いといった問題があったからだ。





LG電子の「糖尿フォン」

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キャリア代理店で販売できず自然消滅



 法制度に足を取られて失敗した代表的な事例が、LG電子の携帯電話機である。


 2004年、LG電子は「糖尿フォン」という血糖値を測れる携帯電話機を開発した。携帯電話機の電池パックに血糖測定器を搭載しており、そこに血液を垂らした棒を差し込むと画面に血糖値が表示される。インターネットを介して血糖値のデータはデータベースに保存され、測定された血糖値を分析して健康管理アドバイスもしてもらえるというものだった。携帯電話機の端末が約30万ウォン(約2万4000円)、血糖値測定パックが約10万ウォン(約8000円)と、当時の携帯電話機にしては若干高いというほどで、決して高価なものではなかった。


 糖尿フォンが開発された背景には、2001年から始まったソウル聖母病院のUヘルスケア事業団による遠隔糖尿管理サービスがある。聖母病院で診療を受けている糖尿患者の中で、頻繁に病院に来られない患者を対象に、自宅で血糖値を図って専用のWebサイトに記録すると、そのデータを元に健康管理のアドバイスをする実証実験を始めた。血糖値を測定する機器として携帯電話機とPDAも活用した。インターネットを使って測定と同時に病院にデータが送られるようにすることで、少しでも手間をかけずヘルスケアを行うためである。この実験で使われたのがLG電子の「糖尿フォン」で、2004年商品化されたのだ。


 展示会やショールームでは最先端の携帯電話機として注目された「糖尿フォン」だったが、実際にはほとんど売れなかったという。「糖尿フォン」の目玉である血糖値測定と健康管理アドバイスは遠隔診療に当たるため、医療機器としての認可を得る必要があった。その結果、携帯電話機でありながらもキャリアの代理店では販売できなかったことで、自然消滅してしまったのである。



他にも消滅した機器が…



 LGCNS社の「タッチドクター」も、サービスを中断している。同機器は、2008年末に登場したモニター付きホームヘルスケア機器の一つで、インターネットも利用できる。慢性疾患の患者がこの機器を使って血圧や血糖値を測ると、ヘルス・マネージャーが個人に最適化された健康プログラムや病院との連携サービスを提供するというものである。この機器の開発にはIntel社も参加し、韓国の大学病院や医師会もパートナーとして参加していた。しかし、ヘルスケアに関する国民の認識がまだ低く、300万ウォン(約24万円)もする高価な機器を購入しようとする患者はいなかった。韓国の医療業界では、市場を先行きしすぎたために失敗した事例と評価されている。


 便利で革新的なサービスであったにも関わらず、糖尿フォンもタッチドクターも、話題になっただけで普及することなく姿を消してしまった。



2011年に「産業融合促進法」が制定



 ところが、糖尿フォンの失敗をきっかけに韓国政府は変わり始めた。ICTと既存産業の融合を本格的に推進するためには、新製品を業種ごとに認可・規制する既存の法律を改定しなくてはならないことを切実に痛感したのだ。


 ヘルスケアの場合、基本的にICT政策を担当する省庁と医療機器を担当する省庁の両方の規制を受けるため、商用化するまで何年も時間がかかり、企業が財政難に陥り途中で事業を諦めてしまうこともあった。韓国政府は制度の見直しを続け、2011年に「産業融合促進法」が制定されることになった。


 産業融合促進法により、認可制度を簡素化する融合新製品適合性認証制度が始まった。製品や技術が新しすぎて認可の基準や規格がない場合、企業はその製品分野に最も近い関係機関に適合性認証を申し込み、6カ月以内に認可を受けられるようにした。また複数の機関にまたがって許可や認証を取らないといけない場合は、企業から申請書を受け取った機関が他の機関と協議して認可を一括処理するようにした。



失敗から学んだ韓国、Samsung社の投資発表で今後への期待高まる



 韓国はここ10年の間、「技術優位のデジタルヘルスケア事業は失敗する」ということを学んだ。韓国のヘルスケアが予想よりうまくいかなかったのは、「優秀な技術は売れて当たり前」と勘違いしていたからかもしれない。ヘルスケアは技術より法制度の壁が問題だった。そして韓国は、経験した失敗事例から二つの課題を学んだ。すなわち、(1)機器販売で終わるのではなく患者と医療従事者のニーズを把握し続け、サービス・モデルを作ること、(2)政府の制度の中で具体的にどこをどう直すべきが要求し続けること、である。


 韓国のヘルスケア事業は、2010年にSamsung社とLG社が新規事業として医療機器とバイオ産業に投資することを発表してから、また空気が変わり始めている。Samsung社が得意とする半導体や携帯電話端末、ディスプレイは韓国のIT輸出3大品目でもある。「Samsung社が投資する分野=国家を代表する産業になる」という期待から、ヘルスケアや次世代医療機器関連企業の株価も上がり続けているほどである。





by  趙章恩

BPnet

2011/11/23

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http://www.nikkeibp.co.jp/article/dho/20111023/288241/

産業育成のための舵取りがいなかった

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趙章恩の「韓国スマートヘルスケア最前線」

産業育成のための舵取りがいなかった


韓国の過去の失敗から学ぶ(2)



1999年、ソウル市内に「サイバーマンション」が登場した。1世帯に1台のタブレット端末が置かれ、それを使ってホーム・オートメーションを利用したり、マンション内の住民とコミュニケーションを取れたりする。当時としては画期的なマンションであった。

 ヘルスケアも、サイバーマンションのウリの一つだった。当時公開されたモデルハウスでは、“デジタル便座”や浴室の“デジタルミラー”などが紹介されていた。例えば、端末を利用して血糖値や血圧をチェックすると、デジタルミラーからその日の「健康注意報」が流れる。家にいながら健康管理ができるというものだった。


 しかし、あれから10年以上経った今、モデルハウスで紹介されていたようなヘルスケアは実現されないでいる。問題は技術ではなく、制度の盲点にあった。



ICTと医療・ヘルスケアがばらばらに



 産業を育成するための舵取りがいなかった――。ICTを活用したヘルスケア・サービスが活性化されてこなかった理由について、政府のシンクタンクである韓国保健産業研究院は、こう指摘する。


 複数の省庁がそれぞれの立場で散発的に支援策を進めてしまい、逆に、ICTと医療・ヘルスケアがばらばらになってしまったのだ。例えば、ICT政策を担当する省庁から医療機器の開発を支援する法案が発表されたと思ったら、今度は医療や個人情報政策を担当する省庁から規制案が発表されるといった具合である。医療の情報化を、医療関係者抜きでIT企業の新規事業育成として支援したりするケースもあった。


 次世代のヘルスケア産業は、医療情報化や病院情報化、家庭のホーム・ネットワーク、モバイル・デバイス、高速モバイル・ネットワークといった基盤の組み合わせが必要で、莫大な予算と大規模な実証実験も必要になる。これを最初から最後まで責任をもって監督する省庁が存在しなければならない。医療機関やSI企業、端末ベンダー、ユーザーなどそれぞれのニーズや利害関係を調整するためには、窓口が一つにならなければ前には進めない。「船頭多くして船山に登る」ということわざがあるが、これぞまさに韓国のスマートヘルスケアの現状を表している。



法制度に足を取られ、実証実験から先に進めない



 もう一つの問題は、技術は進んでいるものの、法制度に足を取られ、実証実験の段階にとどまり実用化に踏み出せないことである。


 大統領が変わるたびに政策も変わってしまうため、長期的な戦略を考えられない状況がある。このため次世代ヘルスケア・サービスの導入に必要な医療法や医療機器の認可・販売制度の改善、医療保険制度の見直しといった根本的な問題には手をつけられないまま、技術の開発だけが盛り上がってきた。例えば、次世代ヘルスケア・サービスの普及に向けては、患者と医師が直接会って診療をしないと保険点数が発生しない今の医療保険制度では問題がある。遠隔診療のためには医療法にある医師と患者の「直接対面」という項目を直さなくてはならない。展示会では「これは便利!」と感じる次世代ヘルスケア・サービスを体験できる。しかし現実には、法制度などの問題が解決できなければ、絵に描いた餅にすぎないのだ。技術は進化しているのに、国民は技術の恩恵を受けられないのである。


 2002年には医療法を改定して遠隔診療をできるようにしたが、慢性疾患の管理や予防といったヘルスケアとはほど遠いものである。遠隔地にいる患者に対して医師が直接医療行為を行えるものではなく、遠隔地にいる医療従事者同士で情報のやり取りをすることを遠隔診療と規定しているからだ。


 2010年にもう一度医療法が改定され、医師が遠隔地の患者を診療できるようになったが、医学的に危険性の少ない再診患者であり、医療機関がない過疎地域に住んでいる人や刑務所にいる人、医療機関以外の場所で持続的な治療と管理を受けている寝たきりの人に制限されている。遠隔地の薬局に電子処方箋を送ることもできるようになったが、医療機関がない過疎地域に薬局があるはずもなく、結局は薬をもらうために病院の近くまで患者が移動しなくてはならないのが実態である。


 次回は、法制度に足を取られて失敗した代表的な事例である、LG Electronics社の携帯電話機の例を取り上げる。





by  趙章恩

BPnet

2011/09/26

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http://www.nikkeibp.co.jp/article/dho/20110926/285129/

「医療情報化」の次の一歩を踏み出せない韓国

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趙章恩の「韓国スマートヘルスケア最前線」

「医療情報化」の次の一歩を踏み出せない韓国


韓国の過去の失敗から学ぶ(1)



韓国では1990年代から医療の情報化が進んでいる。

 例えば、病院に行く際には保険証も診察券もいらない。受付で国民IDカードである住民登録証を見せるか、国民IDである住民登録番号注1)と名前を言うだけで済む。このシステムは総合病院だけでなく、町の診療所も同じである。病院が医療保険のデータベースに照会して、その人がどの種類の医療保険に加入しているのかを確認し、初診なのか再診なのか、再診ならどの科で診療したのかといった記録も併せて医者に転送する。日本では病院に行く際に保険証を忘れると、自己負担で高い医療費を支払い、後で精算し直す必要がある。韓国ではそんな面倒なことはあり得ない。


注1)住民登録番号とは、出生申告をすると発行される国民ID。17歳になると住民登録証が発行される。住民登録番号で税金や保険、教育、金融、不動産、パスポート発給など、あらゆる行政情報が管理される。携帯電話やインターネットの加入、Webサイトの会員登録をする際にも、住民登録番号と氏名を入力して本人確認をしなければならない。


 医療の情報化が進んでいるのは、韓国政府が国家戦略として1980年代から医療情報化やヘルスケア、次世代医療の育成に力を入れてきたからだ。1983年に起業した韓国初の大学生ベンチャー(現在のBIT Computer社)も医療情報や電子チャート(電子医療記録)のシステムを開発する会社だったほど、病院の情報化や電子チャート、電子処方箋の導入は早かった。1994年には電子チャートが広く使われるようになり、医療情報化を専門とするベンチャー企業も雨後のたけのこのように増えていた。



ICTと医療・ヘルスケアの融合が叫ばれ始めるが…



 韓国は1997年に経済危機(国家倒産の危機とまで言われた)に陥った。その危機に対して、どの国よりも早くブロードバンド環境を普及させ、ICT産業を集中育成することで乗り越えてきた。韓国政府も国民も、資源のない小さい国から世界を先導するIT国家へと成長できたという自負を持っている。


 以降、国家成長戦略には必ず「ICTと既存産業の融合」、「ユビキタス」、「スマート政府」といった項目が含まるようになった。2000年のe-Korea戦略に続いて、2006年のu-Korea戦略、2007年のU-Life21戦略、2010年のスマートコリア戦略でも「ICTと既存産業の融合」が掲げられ、中でも「ICTと医療の融合」や「ICTとヘルスケア」は、より健康・安全・便利な国民生活を実現するために早期達成すべき目標と言われ続けてきた。


 2010年からは、「スマート電子政府」を目標に、国民がスマートフォンや携帯電話機、タブレット端末などのモバイル機器を使って、国家が提供するサービス、つまり各種行政書類の申請や発給、税金、教育など、国民が必要な情報を受けられるようにしている。こうしたスマート電子政府の仕組みが、医療保険や医療記録、処方箋など情報化が進んだ病院とつながることで、より効率的でより広範囲に国民の健康を増進できるヘルスケア・サービスを提供できる環境は整っている。


 ところが、ICTを活用した遠隔診療や予防医療といったサービスは、10年近く実証実験の段階を逃れられないままでいる。医療の情報化は進んでいるが、医療保険や病院の情報化の段階で止まったままである。ICTを組み合わせたサービスという次の一歩には、踏み出せないでいる。



by  趙章恩

BPnet

2011/08/22

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http://www.nikkeibp.co.jp/article/dho/20110822/281391/
 

とりあえずやってみる精神で「教育情報化」に突き進む韓国

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このごろ、韓国でも日本でも、デジタル教科書や教育の情報化に関する展示会やセミナーが頻繁に行われている。韓国の展示会には日本から視察に来る人がとても多く、日本の企業は本当に勉強熱心だと思う。

 勉強ばかりで、「もし問題が発生したらどうするのか」と悪いことばかり考えて技術や知恵を現場に生かせないと自己批判する日本の先生も多いが、最近はそうでもないように見える。日本の教育展示会やセミナーに参加してみると、日本でも電子黒板、タブレット端末、デジタル教材を活用して、より教育効果を高めながら楽しく授業をしようとチャレンジする先生が増えていることに驚く。韓国がスマートラーニング先進国と自負している間に、日本は静かに教育情報化の裾野を広げていた。


 スマートラーニングに必要な端末や学校の情報化技術の面では、日本も韓国も大して変わらないレベルだと思った。違いがあるとすれば、韓国は90年代から全教室に先生用のパソコンと有線ブロードバンドを導入するといった学校の情報化に加え、Webから教科内容を予習・復習できるサイバー家庭学習や教師向けデジタル教材サイトの展開といった教育コンテンツの情報化、それらを支える校務の情報化、そしてデジタル教科書の開発を進めて来た。そのため教師がデジタル教材を使った授業に慣れていること、親も子どもも抵抗がないことぐらいだろうか。


 韓国は試行錯誤の末に、教科書をPDFにして教師に配り、教師が電子書籍制作ツールを使ってPDFに動画や写真、リンクなどを追加し、自分なりのオリジナルデジタル教科書を作れるようにした。


 教師らは自分が作成したオリジナルデジタル教科書を惜しみなく教師用サイトに投稿する。それをダウンロードして、別の教師がさらにリンクや資料を追加する。情報を共有しながら複数の教師が参加してデジタル教科書を作る。教師の共同作業によって作られたデジタル教科書はまだ正式な教科書ではないが、韓国の全教室には先生用パソコンとプロジェクターがあるので、「授業中に使いやすい」、「紙の教科書より子どもたちの理解が早い」ということで教師の間で広がっている。







教師が作成したオリジナルデジタル教科書をPC上で表示。韓国でのデジタル教科書は、PDFファイルをベースに教師が参考資料(画像、Flashアニメーション、Webサイトリンクなど)を自由に追加できるまでになった。全教室に先生用PCとLANが導入されており、電子黒板がなくてもパソコンとプロジェクターを使い楽しく理解しやすい授業にできるため、デジタル教材開発に積極的な教師が多い

韓国特有の、「まずやってみて、問題があったらそこで直すか止めればいい」、という考え方は学校教育の現場にまで浸透している。ビジネスならまだしも、公の教育においてこういう考えが通用していいものか、ちょっと不安になるときもある。



学校が学習端末を配るべき? 家庭で使っているPCを使うべき?


 韓国は2014年から小中学校で、2015年から高校でデジタル教科書を使えるようにする(関連記事)。紙の教科書とデジタル教科書の両方を使うのではなく、先生が教えやすい方を選べる。デジタル教科書が導入されたからといってすぐ紙の教科書を廃止するわけでもない。


 ソウル市教育庁の説明によると、全てをデジタル教科書に変える、紙の教科書をなくす、という計画はないという。教科書の方は紙に印刷されたものだけが教科書であるという教科書法を改訂した。先生がデジタル教科書と一緒に使えるデジタル教材サイトも政府サイト、民間サイト複数あり、かなり充実している。


 同庁の話では、今後政府機関はデジタル教科書のガイドラインだけ作成し、紙の教科書と同じように教科書会社が作ったデジタル教科書を検定する方案も検討しているという。今は実証実験の段階なので、政府機関が音頭を取って教科書会社と一緒にデジタル教科書を開発し、学校に配っている。


 韓国も日本と同じく、デジタル教科書を使う児童・生徒用の端末をどう普及するかは課題として残っている。


 同庁は、「スマートフォンは急速に普及しているし、一家に1台以上PCを持っている。2014年になれば、一家に1台のタブレットPCまたはノートPCを持っているはず。それを使えばいいので、政府の予算で端末を買って学生に配ることは考えていない」、「生活保護を受けている低所得層の場合は、政府が子ども1人当たり1台端末を買ってあげるべき。今でも低所得層のインターネット料金は無料で、政府がデスクトップPCを支援している」と説明した。


 端末をめぐっては、市民の間でも意見が割れている。「政府の予算で特定企業の端末を大量に買って子どもたちに配るのは、サムスンやLGといったメーカーの懐に税金を注ぎ込むような行為。財源はあるのか」、「デジタル教科書はどんな端末からも使えるというが、お金持ちの子は高性能タブレットPCを使い、そうでない子は古いノートPCを使う可能性もある。端末がばらばらだと使い方も違うので学習環境に差が出る。デジタル教科書の本来の目的である平等な教育――塾に行かなくても、参考書を買わなくてもデジタル教科書さえあればいくらでも勉強できる――という目的に反するのではないか。端末は一つに指定して政府が配るべき」と“個人派”と“学校派”が対抗している。


 端末をどうするかに関してはまだこれといった結論は出ていない。しかし韓国では課題があるからといってそこで立ち止まらない。端末普及の議論の傍ら、「スマートスクール」、「スマートラーニング学校」プロジェクトが始まった。


 次回はサムスン電子の「スマートスクール」と、あらゆるICTツールを自由自在に使いこなしスマートな授業をするすごい先生を紹介する。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
 [2012年7月13日]

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20120713/1055842/

ソウル市が中古スマホをホームレスに無料提供、自立促すキャンペーン

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ソウル市とビッグイシューコリアは、ホームレスに中古スマートフォンを提供する「The Big Smart~ホームレス、SNSで社会とコミュニケーションする」事業を始めると2012年6月27日発表した。ビッグイシューコリアは2010年5月から韓国でも販売されるようになった雑誌『ビッグイシュー』を発行する会社で、販売収益でホームレスの自立と社会復帰を支援している。

 The Big Smartはソウル市とビッグイシューコリアが窓口となって中古スマートフォンを個人や企業から寄付してもらい、ホームレス自立センターに入居している2000人に提供するというもの。









ソウル市とビッグイシューコリアの「The Big Smart」事業案内告知。市民や企業から寄付された中古スマートフォンで、情報の死角にいるホームレスを助けようというキャンペーンである



ウェル情報通信が同センター入居者向けに、既存基本料の6分の1ほどである月6000ウォン(約440円)のプリペイドでスマートフォンが使えるようにした。ウェル情報通信はキャリアと提携して、スマートフォンや携帯電話、Wibro(モバイルWiMAX)をプリペイドで提供している。放送コンテンツ振興財団とメディア教育研究所がスマートフォンの使い方、SNSの使い方を教える。

 第1回としてソウル市のセンターに入居しているホームレス30人を対象に、7月17日に1泊2日でスマートフォン/SNS/アプリの使い方教育プログラムを実施する。プログラムを修了した人だけスマートフォンがもらえる。



 情報化社会という言葉すら古臭く思えるほど、韓国ではほぼ全ての情報が電子化されネットに掲載される。インターネットと携帯電話が使えないと、就職情報も日払い労働の仕事も見つけられない。求職者にとってインターネットと携帯電話は重要な武器になる。スマートフォンがあればネットも電話も使える。しかしホームレスになった人達は信用不安で携帯電話を契約できない場合が多い。


 ソウル市は社会的企業やキャリアと一緒に、まずはホームレスに中古スマートフォンを提供することで、社会復帰のきっかけを作ろうとしている。情報の死角に置かれたこうした人達がスマートフォンを手にしてSNSなどを利用することで社会とつながる。そうすれば、社会復帰したい意欲を掻き立てられるのではないか、というわけだ。


 それにスマートフォンを使ってネットを検索すれば、就職情報はもちろん、ニュースを見たり、電子書籍を読んだり、たくさんの情報を得られる。それらがきっかけになって人生が変わるかもしれない。ソウル市内はフリーのWi-Fiスポットが多いので、3Gデータ通信料金に加入しなくても、スマートフォンがあればインターネットが使える。ホームレスの立場でスマートフォンを使って市民に情報を提供することで、お互いの理解を深めることもThe Big Smartの狙いの一つである。


 ソウル市は中古スマートフォンがあまり集まらない場合は、サムスン電子、LG電子に協力を求めるとしている。


 しかし、中古で寄付されたものとはいえ、ホームレスに高価なスマートフォンを無料提供することに反対する意見もソウル市民の間では多い。代表的な意見は「スマートフォンの普及率が高くなったとはいえ、ホームレスに無料でスマートフォンを提供するのは賛成できない。もらったスマートフォンを転売してそれが犯罪に使われたらどうするのか」というものだ。ニュースのコメント欄には、そうした意見が多数ある。


 ホームレスとスマートフォンの組み合わせがどのような効果を発揮するか、今大きな話題になっている。




趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
 [2012年7月6日]

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http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20120706/1055008/

告白ツールに使える?! 韓国ドラマで最新IT機器を学ぶ

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このごろ韓国で高視聴率を記録している人気ドラマの一つに『ゴースト』がある。警察庁のサイバー捜査隊が、女優の殺人から始まったミステリーな事件を解いていくという内容だ。ハッキング、DDoS攻撃といったIT社会ならではの犯罪も毎回登場する。

 DDoS攻撃に使われるゾンビPCを確保する手段としてスパムメールが使われる様子を詳しく紹介する回もあった。主婦にはネットスーパーの割引クーポン、会社員には人事異動といった内容でメールを送信し、添付ファイルをクリックするとパソコンが悪性コードに感染してゾンビPCになる。だから送付元がはっきりしないメールの添付ファイルはクリックしてはならない、アンチウイルスプログラムで定期的にパソコンをチェックしよう、というセキュリティ会社のキャンペーンのようなセリフも頻繁に登場する。


 『ゴースト』はサイバー捜査隊を舞台にしているだけに、各種パソコン、ディスプレイ、スマートフォンといったITデバイスも頻繁に登場する。スポンサーになっているのはサムスン電子のようで、俳優の顔より大きく見えるスマートフォン「Galaxy Note」と薄型ノートパソコン「シリーズ9」が主人公のマストアイテム。過去を振り返るシーンではちゃんとその時代に人気だったサムスンの携帯電話とパソコンが登場するので、「あの端末私も使ってたな~」と懐かしくなる場面もあった。


 Galaxy Noteはスマートフォンの中では最も画面のサイズが大きい5.3型。俳優の顔が小さいせいか、耳に当てると、マイクの部分が首の下にくるぐらい大きく見える。Galaxy Noteで電話する場面を見る度に「あれで声が届くかな?」と違和感がある。電子ペンが使えるので手書きメモをタイピングしたように変換してくれる、画面が大きいので電子書籍も読みやすいといった機能には引かれる。




5.3型の液晶サイズを持つGalaxy Note


サムスン電子の最新ノートパソコンであるシリーズ9は、台湾のCOMPUTEX 2012でも展示されて話題になった。13.3型モデルの場合、超薄型でバッテリー使用時間は7時間、電源を入れてWindowsが立ち上がるまで8.4秒しかかからないというのが売りだ。ドラマの主人公がこのノートパソコンをかっこよく使いこなしているのを見ると、広告だと知っていながらもやっぱり物欲が騒ぎ出す。









サムスンのノートパソコン「シリーズ9」の13.3型モデル。人気ドラマに登場して話題になっている

日本にも輸出された、朝鮮時代からタイムスリップした皇太子の恋を描くこの春のドラマ『屋根裏部屋の皇太子』では、貧しいはずの主人公の女性が最新のスマートフォンであるGalaxy Noteを使っていた。Galaxy Noteは女優の手よりもだいぶ大きく、電話で話す場面では落としそうで見ている方がはらはらした。

 このドラマには、Galaxy Noteの電子ペンを使って動画や写真を入れて手書きメッセージを送信できる「My Story」という機能を紹介する場面が何気なく登場した。愛を告白する前の重要な場面の一つだったので、とてもロマンチックに描かれていた。Galaxy Noteにこういう機能があったのか!と使いたくなった視聴者も多かったはず。


 主人公に名前を漢字でどう書くか皇太子が教える場面でも、「こっちの方が便利」と主人公に言われ、紙とペンではなくGalaxy Noteに電子ペンで書き込んでいた。


サムスン電子のホームコントロール機能を持つ「ウォールパッド」もドラマに登場して「あれは何だ?」と話題になっている。壁に取り付けられている液晶画面で、テレビ電話のようなインターホンに見えるが、留守中のメッセージ録画、照明・冷暖房・ガスなどを制御できる機能がある。ウォールパッドは最近分譲している高級マンションに付いていることが多い。

 サムスン電子はドラマだけでなくバラエティー番組にもスマートフォンを提供している。例えばバラエティー番組では、出演者にどこそこに行って写真を撮ってくる、というミッションが与えられ、サムスンのスマートフォンやタブレットPCを持って行って写真を撮り、写真に手書きのメモを添える場合はどのボタンをタッチしてどのように送信すればいいのか、といった場面まで見せる。


 「ドラマを見ているのかテレホンショッピングを見ているのかよく分からない」と視聴者が怒らないよう、ドラマの物語の一部としてスマートフォンが自然に登場するように仕向けている脚本家や作家はすごい。


 日本や東南アジアでも人気の高い韓国ドラマに製品を登場させているのはサムスン電子だけでない。


 LG電子は2011年、ヒョン・ビンが主演した『シークレットガーデン』という国民的ドラマにスマートフォンOptimusシリーズを提供して大ヒットしたことがある。LG電子は今年も韓流スター、チャン・ドンゴンの主演ドラマ『紳士の品格』にスマートフォンを提供する。


 サムスンがいろいろなドラマとバラエティー番組に製品を提供しているのに対し、LG電子は韓流スターが登場するドラマだけに絞っているように見える。LG電子もサムスンと同じく、ドラマの中で主人公がスマートフォンの機能を使いこなす場面を見せる。


 韓国のパソコンメーカーTG三宝も『紳士の品格』にノートパソコンとLEDテレビを提供している。一人暮らしのビジネスマンが使うデバイスという設定で、高性能かつインテリアの一部として遜色ないところを強調している。


 中国のハイアールは主婦向けのドラマに家電を提供している。韓国では知名度が低いため、家電を選ぶ主婦にブランド名を覚えてもらおうとスポンサーになったという。


 韓国のドラマはほとんどが日本、中国、東南アジア、中近東に輸出されているので、韓国ドラマに製品を登場させれば自然に海外のいろんな国でブランドの知名度を高め、宣伝効果を上げられる。ドラマの作家も慣れたもので、製品名や使い方をシナリオに盛り込んでくれる。韓流人気を逆手に利用して、日本製品を韓国ドラマに提供して世界で売り込む、というのもありだろう。




趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
 [2012年6月29日]

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20120628/1054302/

スマートフォンがうながす韓国ゲーム業界の変動

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「リネージュ」、「The Tower of AION」などのMMORPG(ネット上で複数のユーザーが同時に参加するロールプレイングゲーム)で日本でも有名なNCソフトの最大株主が、同じゲーム会社で日本に拠点を置くネクソンになった。ネクソンは「メイプルストーリー」をはじめ、かわいいキャラクターが登場するオンラインゲームで有名だ。

 ネクソンは2012年6月8日、NCソフトのキム・テクジン代表が保有していた321万8091株を約8045億ウォン(約560億円)で購入した。キム代表の持ち分は24.7%から10%に減ったが、代表としての経営権は維持する。


 韓国のオンラインゲーム業界では、ネクソンがNCソフトの最大株主になったことを、「サムスン電子がLG電子の株主になったようなもの」と表現するほど衝撃を受けている。ゲーム業界1位が、2位の企業の最大株主になったからだ。ネクソンは日本法人がグループの本社であるため、韓国、日本、中国で大ヒットしたリネージュを日本に売られた、と驚くネットの掲示板や記事のコメント欄への書き込みもあった。


 ネクソンとNCソフトは90年代後半にベンチャーから始まったオンラインゲーム会社である。両社ともに韓国だけでなく、日本、中国でも有名なゲーム会社に成長した。ネクソン持株会社であるNXCのキム・ジョンジュ会長とNCソフトのキム・テクジン代表は、IT企業長者番付でも1位、2位になるほど有名人だ。


 この2大ゲーム会社が手を組むことで、最近、世界市場を席巻する米国生まれの「Diablo III」(関連記事)や中国系オンラインゲームのタイトルに押され気味だった韓国産オンラインゲームが再び活性化するのではないか、何かすごいものが生まれるのではないか、という期待もある。


 というのも、スマートフォンが登場してから、韓国のオンラインゲーム市場はデスクトップパソコンでプレイするMMORPGから、スマートフォンやタブレットPCでプレイするモバイルゲームが主流となったからだ。ゲーム会社もモバイルゲームに方向転換し、MMORPGの新作はぱったり出なくなった。ゲームサイトにアクセスしてプレイする、という利用法からアプリに切り替わったのである。


 モバイルゲームへのシフトを印象付ける出来事が2012年2月、ポータルサイト「DAUM」とディー・エヌ・エー(DeNA)が提携して、「Daum Mobage」という名前でサービスを始めたことだ。韓国で有名なモバイルゲームもDeNAを通して日本のMobageでサービスされるようになった(韓国ではゲームは無料、アイテムは有料が当たり前だが、日本では青少年のアイテム課金を規制している(関連記事)ので、制度に違いに気を付けてゲーム内容を調整することもあるようだ)。


 SNSと連動するソーシャルゲームは韓国でもすごい人気で、例えば、Facebookと連動する「Rule the Sky」は、メッセンジャーアプリの「カカオトーク」と並んで、スマートフォンを買ったら真っ先にインストールするアプリの一つになったほどである。友だちと町を作り上げていく育成型のゲームで、日本では「浮島ふわりん」という名前でネクソンが2012年6月、配信開始した。

韓国のゲームは韓国で成功するとすぐ日本、中国へ進出してきた。ハンゲーム、ネクソン、NCソフトなど、韓国で有名なゲームサイトは日本のネットカフェでもプレイできる。最近はモバイルゲームの日本進出が盛んである。スマートフォン普及率は韓国の方が高いが、ユーザー数でみると圧倒的に日本の方が多く、また日本の方がモバイルゲームに慣れているユーザーが多いためお金になるからだ。


 デスクトップからスマートフォンへ、ゲーム市場のトレンドが変わる中、NCソフトはネクソンに株を売却し、MMORPGを専門的に開発するゲーム会社に生まれ変わろうとしている。もちろん、スマートフォンからもプレイできるMMORPGは登場しているが、NCソフトが得意とするのはデスクトップから楽しむ、ビジュアルに注力したMMORPGである。


 2012年6月21日には、NCソフトが6年かけて開発したMMORPGの新作、「Blade&Soul」が公開された。16時にオープンベータテストが始まってから2時間で同時接続者数15万人を突破したとNCソフトが明かした。Twitterでも同新作について、「キャラクターをはじめビジュアル完成度が高すぎてびっくりした」というつぶやきや、「デスクトップPCはもういらないと思ったのに、部品アップグレードしたくてたまらない!」というつぶやきも後を絶たない。早速Diablo IIIとBlade&Soul、どちらが勝つかと注目されている。






Blade&Soulのポスター。同ゲームはNCソフトが6年かけて開発した。ビジュアル完成度の高さが話題になっている

NCソフトのMMORPGは日本と中国でもサービスされているので、Blade&Soulも正式にサービスが始まれば、日本語版もすぐ公開されるだろう。最近はスマートフォンもタブレットPCも性能がどんどん進化しているので、デスクトップでプレイするのと変わらない感覚で利用できる日も近いだろう。そうなればまたMMORPG全盛期が来るかもしれない。


趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
 [2012年6月25日]

-Original column

http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20120625/1053742/