韓国アナログ放送終了まで22カ月、地デジ移行が進まない

2010年末からやたらと耳にするスマートTV。放送と通信の融合が急速に進む中、放送産業の発展のため中央省庁である放送通信委員会の主導で「次世代放送発展協議会」が発足した。地上波放送局、ケーブルテレビ局、衛星放送、通信事業者、サムスン、LGなど放送サービスに関連ある企業の担当者と専門家20人が参加している。3D放送やスマートTV向け次世代放送関連研究開発と政策方向について議論する。

 スマートTV、ウルトラハイビジョン放送といった次世代放送のR&D投資に1984億ウォン(約140億円)が新たに決まった。メガネなしで今より16倍鮮明に見える3DTVや音声・動作で操作できてARも利用できる次世代スマートTVをはじめ、4G以降のモバイルマルチメディア放送標準化や5メートル範囲内で測定できる高精密位置情報を活用した放送プラットフォーム標準化、M2M知能通信のためのインタフェース標準化も始める。


 無線電力送信も2013年までに商用化し、電池を気にすることなくいくらでもモバイル端末を使ってテレビが観られるようにするという。韓国では地下鉄の中でも携帯電話を使ってDMB(ワンセグ)が見られるので便利だが、電池の消耗が激しくて長時間は見られないのがネックだった。次世代放送技術の専門家養成にも力を入れる。この予算は通信事業者の売り上げから徴収している放送通信発展基金がベースとなっている。


 とは言っても、韓国でも地デジ乗り換えへの道はまだまだ遠い。アナログ放送が中断される2012年末まで残り22カ月ちょっととなった。テレビでは連日、地デジを受信できるIPTVやデジタルケーブルテレビ加入のキャンペーン広告が流れている。それでも不景気で日々の生活が大変なだけに、「地デジなんて、何とかなるでしょう」とテレビの買い替えもIPTVにも興味を持たない人がまだまだたくさんいる。






サムスンのスマートTV。IPTVのようにVODやネットを利用できるだけでなく、ビデオ・ゲーム・スポーツ・ライフスタイル・インフォメーションのカテゴリー別にアプリケーションも利用できる


韓国は電気料金にテレビ受信料が含まれるので、税金のように受信料を取られる。2009年末時点で、韓国内で受信料徴収対象となっているテレビは約1900万台あるが(全テレビ台数は約2100万で、低所得層の約200万台は受信料を免除されている)、地上波デジタル放送受信テレビの普及率は5割に満たない。低所得層の場合は地デジを見られるテレビを持っている人が8%ほどしかいなかった。

 2010年12月に発表された「2011年度デジタル放送転換活性化基本計画」では、デジタルテレビ普及率80%、デジタルテレビ放送カバレッジ94%、アナログ放送終了に対する認知率90%を目標として掲げる。ネットでしか申し込めないデジタルコンバーターを大手量販店やディスカウントショップでも販売する、デジタルテレビ受信環境改善として農漁村や学校のテレビ受信施設を無料で点検するなどしている。デジタル放送向け番組制作のため、放送局への融資や税制優遇も続ける。


 韓国政府は2013年から2014年にかけて次世代放送を商用化するのを目標としているが、地デジという目の前の壁を越えられなければ次世代放送も意味がない。


 一部地域で2011年6月にアナログ放送が終了するのを受け、地デジ対応テレビの価格競争が始まった。ついこの間は大手ディスカウントショップのロッテマートが、TV受信機能があるLEDモニターを「激安LEDテレビ」として販売したことがあり、家電業界が反発したこともあった。価格競争といってもまだまだテレビは高い。昨日ソウル市内の量販店に行ったら20万円以下で買えるテレビは置いていなかった。46型が基本で、それより小さいのは取り寄せなのだとか。テレビの値段を見た途端、アナログ放送が終了してもなんとかなる、そう信じたくなった。




趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年2月24日

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http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110224/1030437/

PrayForJapanに PrayFromKoreaを添えて~日本に届け韓国からのTwitterエール

.東北地方太平洋沖地震(東日本巨大地震)の発生を韓国の人々が知ったのは、やはりTwitterからだった。携帯電話が通じない中、スマートフォンのメッセンジャーを利用して被害状況は刻々と伝わった。東京に住む韓国人のほとんどは地震で怖かったというより「日本はすごい!」というメッセージをTwitterに残した。

 津波の被害は甚大だが、地震そのものでは建物が崩れたりする被害が少ないことにまず日本はすごい!とつぶやく。交通が麻痺して家に帰れないかもしれないというのにパニックになるどころかみんながバス停で並び運行再開を待ち、至る所に椅子が置いてあって休めるようにしたりトイレを使えるよう開放したりすることに日本はすごい!とつぶやいている。


 また、日本では英語だけでなくいろんな国の言葉で災害情報を流すボランティアが多いことにも驚いていた。韓国語、中国語、ベトナム語、インドネシア語、ロシア語、ルーマニア語などありとあらゆる言語で災害情報が提供されている。家族と一緒に日本に来たものの、日本語も英語も分からない主婦や子どもにとって、自分の国の言葉で迅速で正確な災害情報を得られることは何よりも心強いだろう。


 地震発生時、ドラマのプロモーションやアルバム発売記念イベントなどで東京を訪れていた韓国の人気芸能人が10人以上もいた。


 その芸能人らはTwitterで、地震が発生したと同時にテキパキと対処するテレビ局やホテルの社員達の姿に感動したとつぶやいている。地震は初めてでおろおろしてしまった韓国からの一行を安全な場所へ避難させてくれ、帰国するまで「私達は地震に慣れているからいいけど、韓国は地震がないから驚いたでしょう?」と逆に励ましてくれたそうだ。


 韓国企業の東北支社に勤める人からは、自宅の被害が大きいにもかかわらず会社に残り取引先の安否を確認したり、工場の生産や物流の調整を行う日本人社員の強い責任感に感動したというつぶやきが続いている。日本人社員らへの恩返しのためにも、被災地にできるだけ多くの物資を送るとしている。東京から東北地方へ商談に来ていた韓国人のために、余震が続く中、ほぼ1日かけて車を運転し東京まで連れてきてくれたという話が新聞で紹介され、どんなに大変なときでも他人を配慮してくれる日本人の心を韓国人は忘れてはならないというコメントが数百件も書き込まれた。


 福島の原子力発電所に関しても、「とても危険な状況だと知っていながらも、黙々と仕事を続ける職員のみなさんはすごい。韓国だったら…」と日本人の強い精神力を称賛する書き込みもどんどん増えている。東日本巨大地震をきっかけに、日本を見直した、日本が好きになったという人も数知れない。


 日本で活躍している韓流スターらの寄付リレーも始まった。ヨン様ことペ・ヨンジュンは日本内閣府傘下政府基金に10億ウォン(約7000万円)を寄付した。茨城空港でイベントを開催したばかりだったチャン・グンソクは日本赤十字に1000万円、リュ・シウォンは2億ウォン(約1400万円)の寄付だけでなくボランティア活動を始めると公表した。ソン・スンホンは韓国で行われている被災地復旧募金に2億ウォンを寄付した。KARAは新アルバムの収益全額を寄付するとしている。韓流スターのファンクラブも賛同し、寄付金を集めている。ネットで行われている募金には半日で3000人近くが参加している。


 サッカーのパク・チソン選手は、「日本で選手生活を送りながら情を感じていた私としては非常に驚き、残念な気持ちでいっぱいです。私たちは人間だからこそ自然の前では無力で仕方ありませんが、人間だからこそ互いに助け合い、頼り合い、力付くことができると思います」と、本人の財団ホームページに直接日本語で応援のメッセージを残している。日本で選手生活をし、それをバネにして韓国代表となりイングランドプレミアリーグにも進出できただけに、力になりたいと思う気持ちも人一倍のようだ。


そんな中、日本の大学生が立ち上げたという「pray for japan」は韓国中を泣かせている。全てのつぶやきが韓国語で翻訳されていて、リツイート(RT)する人は数え切れないほど増えている。

「感動した。日本のためにできることを探そう」、「どんな最悪な状況でも未来を語る日本はやっぱり強い」、「涙が止まらなくなった、胸が痛くて何もできない」、「がんばれ日本。世界中が見守っているから元気出してほしい」、「日本人、カッコよすぎるじゃないか。韓国でこのような災難が起きたとしたらこんな行動はできなかったかも」、「先進国というのは経済規模だけじゃない。こういう精神力を持っているから日本は先進国なんだ」、「行方不明者が多いけど、家族が元気な姿で再会できることを祈ります」、「災難時には我先にとなりやすいのに、他人を配慮する日本人はすごい」、「他人事と思えない。地震のニュースを聞いてから食事をするのも申し訳ない気分になってしまう」などなど。今回の災害は日本だけの苦しみではない、韓国は日本から最も近い隣国だけに他の国よりもっと積極的に支援するべきだと口をそろえている。


 韓国でも韓国語で書いたメッセージが日本人の目に留まるよう自動翻訳を利用して日本語に直し、#prayforjapanと#prayfromkoreaのハッシュタグを付けてつぶやいている。自動翻訳サイトには「史上最悪の地震で苦しんでいる日本の友達に励ましと慰労のメッセージを送りましょう」と書かれてある。






Twitterだけでなく、明洞をはじめソウル市内のあちこちで「Pray for Japan」のメッセージボードが立てられ、市民らがみんな足を止めて日本へのメッセージを書き込んでいる。

 毎週水曜日、ソウルの日本大使館の前で従軍慰安婦被害に抗議するための集会が開かれているが、今週は抗議集会ではなく地震で亡くなった方々を追悼する集いにすることが決まった。集会をまとめている協会は、「東日本巨大地震は日本だけの苦しみではない。この惨事は国境と民族を越え世界みんなの悲しみであり、一人でも多くの人が救助され、一日でも早く復旧されるよう祈っています」と発表した。


 韓国政府はどの国よりも先に救助団を派遣した。医療支援団も非常待機させている。日本から要請があった場合、いつでもすぐ派遣できるよう体制を整えている。社会福祉団体や宗教団体からも65万米ドルを超える寄付金が集まり、被災地の子どものための救護活動を準備している。


 韓国のことわざには十匙一飯(シプシイルバン)という言葉がある。韓国はご飯をスプーンで食べるので、ご飯10スプーンが集まれば一人分のご飯になるという意味を持つ。どんな苦しみもみんなで分け合い助け合えば軽くなる、一人の小さい力でも集まれば大きな力になるという思いが込められている。韓国では十匙一飯で東日本巨大地震の再建を助けたいと願っている。他人に迷惑をかけてはならないという日本式の考えは韓国には通用しない。必要なことがあればなんでも言ってほしい。どんどん要求してほしい。韓国は日本の最も近い隣国だから。チング(友達)だから。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年3月16日

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http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110316/1030799/

蒸し返される議論「オンラインゲームをすると暴力的になる?」

韓国の地上波テレビの一つであるMBCが2月13日、オンラインゲームをすると暴力的になるというニュースを報道し、波紋が広がっている。その報道の根拠がむちゃくちゃだったからだ。

 MBCはあるPCバン(ネットカフェ)に隠しカメラを設置し、子どもたちがオンラインゲームに没頭している最中にPCバンの電源を切断した。当然、PCバンにあった全部のパソコンの電源が落ちた。突然の出来事にPCバンにいた子どもたちは怒り出した。隠しカメラに映った「ちょうど勝っていたところなのに!」と苛立つ姿を見せてから、暴力的なゲームをした子どもたちは暴力的な反応を見せた、オンラインゲームユーザーはゲームをしない人より暴力的である、と締めくくった内容だったのだ。


 突然パソコンの電源が落ちて今までやっていた作業が無駄になれば、誰だってムカッとして苛立ってしまうのではないだろうか。それを、オンラインゲームをすると性格が暴力的になると解釈するのは無理がある。


 韓国言論財団の調査によると、地上波テレビは韓国人が最も長時間利用し、信頼する情報源である。ものすごい波及力のあるテレビニュースが、客観的で深層的な調査や実験データもなく、パソコンの電源を突然落としてその反応を見る隠しカメラでオンラインゲームを悪者に仕立てる報道をするとは。


 ニュース直後から視聴者はもちろん、ゲーム専門誌の記者らはMBCの根も葉もないニュースに「あり得ない!」、「これはニュースではなくお笑い」、「MBC記者の暴力性を確かめるため、締め切りが迫った記者室のパソコンの電源を予告なく落としてみましょう」、などと反論を始めた。ゲーム業界によると、オンラインゲームがユーザーを暴力的にするとよく言われるが、因果関係を立証する研究はまだないという。





オンラインゲームNEXONの子ども向けネチケットアプリケーション

人を残忍に殺す内容のオンラインゲームが増えていることや、オンラインゲームのしすぎで現実と仮想の世界を区別できなくなり殺人をしたという事件が毎年発生しているなど、もちろん問題もある。より健全なオンラインゲーム利用というメッセージを伝えたかったようだが、MBCの報道は納得のいく内容ではなかった。

韓国コンテンツ振興院のデータによると、文化コンテンツ輸出額の5割がオンラインゲームであるほど、韓国のオンラインゲームは重要な産業の一つである。2009年の韓国オンラインゲーム輸出額は12億4000万ドル、世界オンラインゲーム市場の約23%を占めている。これは自動車10万5000台、携帯電話端末924万台を輸出したのと同じ規模だという。特にネット利用率が急激に伸びている中国と東南アジア向け輸出が増えた。しかし2009年あたりから、中国が国をあげてオンラインゲームを育成し始めていて輸出も伸びているため、韓国の独走は難しくなりそうだ。

 輸出に依存する韓国経済において、オンラインゲームは重要な産業の一つであることは間違いない。それにもかかわらず、オンラインゲームの悪い面ばかり強調されている。今回のMBCニュースも、ここまでしてオンラインゲームを攻撃するのはなぜ? 裏に何かあるのか? と疑いたくなる。


 何事もいい面もあれば悪い面もある。オンラインゲームは子どもの集中力を高めるという主張もある。オンラインゲーム会社は「ゲーム=悪」というイメージを払拭するため、プロ野球チームも創設しようしとし(前回のコラム参考)、子ども向けネチケット(ネット上のエチケット)アプリケーションや公益キャンペーンにも積極的に参加している。オンラインゲームが韓流ドラマや映画のように韓国経済に貢献するコンテンツ産業として認められる日は来るのだろうか。





ネット上での言葉使いについてゲームのキャラクターが教えてくれる



趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年2月17日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110217/1030283/

韓国オンラインゲーム大手NCSOFTがプロ野球チーム創設へ

韓国プロ野球の9番目の野球チーム創設が確定した。「リネージュ」、「AION」などのオンラインゲームで日本でも有名なNCSOFTが中心にいる。

 韓国野球委員会はその野球チームの優先交渉者にNCSOFTを選定した。NCSOFTのキム・テクジン代表は、「世の中の人を楽しませたい」という夢を持ち、2年ほど前からプロ野球団の創設を準備してきたという。NCSOFTチームの監督は誰になるのか、人気選手をどれだけ集められるか、毎日のようにそれらを予測する書き込みがネットをにぎわせている。新しい野球チームは今すぐシーズンに参加できるわけではなく、2013年または2014年からリーグに参加することになる。


 プロ野球団を創設するためには100億ウォン(約8億円)の保証金と50億ウォン(約4億円)の加入費、選手確保のための資金200億ウォン(約16億円)という大金が必要であるが、NCSOFTにとってはこれぐらい問題にならない。1998年始まったリネージュが世界で大ヒットし、2009年には売り上げ6347億ウォン(約508億)、営業利益2338億ウォン(約187億円)、2010年は売り上げ7000億ウォン(約560億円)、営業利益2500億ウォン(約200億円)を突破している。オンラインゲームは開発費用はかかるが、サービス開始後は毎月利用料が入り特に多額の資金を必要としないので、利益率が非常に高い。韓国野球委員会が求める野球チーム創設の条件は負債比率200%以下、当期純利益1000億ウォンなどがあり、NCSOFTはすべてその条件をクリアしている。








NCSOFTは日本でも人気の高いリネージュ、AIONなどのオンラインゲームをサービスしているベンチャー老舗。画像はリネージュのWebサイト

オンラインゲーム業界はNCSOFTがプロ野球チームを持つことで、「ゲームのしすぎで過労死」、「暴力的なゲームが多く青少年に悪影響を与える」、「IDハッキング、ゲームアイテムの現金売買で射幸心をあおる」といったマイナスイメージ、社会的偏見を払拭できるチャンスかもしれないと期待する声が高い。NCSOFTがプロ野球チームを創設するからには、ITを使いいろんな角度から野球を楽しませてくれるのではないかという声も高い。

 現在、プロ野球チームはサムスン、ロッテ、LG、SK、DOOSAN、HANWHAなど資産総額が何兆ウォン規模の財閥系大手企業が球団主となっている。韓国では、オンラインゲームやIT企業がプロゲーマーを集めたチームを創設したことはあっても、プロスポーツチームの球団主になるのはこれが初めてのこと。野球チーム運営にはかなりの資金が必要であるが、NCSOFTなら問題ないと見られている。新しい野球チームができることで、WBCやオリンピックで盛り上がった野球ブームに一役買いそうだ。


 韓国のプロ野球人気は年々落ち込むばかり。1982年、プロ野球が始まったばかりのころは、子どもから大人まで野球が大好きで、野球場はいつも超満員だった。今ではサムスンやロッテといった一部の野球チームの試合だけそこそこ人が入るぐらいで、ファン離れが深刻な問題になっていた。NCSOFTが野球チームを持つことで、家でも外でも、入試勉強の合間の娯楽といえばオンラインゲームばかりの小中高生のファンが野球に興味を持ち始め、野球場に足を運んでくれるのではないだろうか。期待したい。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年2月10日

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http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110210/1030141/

なんでもやってみよう精神で突き進む韓国「スマート」道

2010年韓国のIT輸出実績は好調だった。輸出が経済を支える韓国だけに、IT輸出の好調は景気を直接左右する。携帯電話、ディスプレイ、半導体の3大品目が柱となり、史上初の1500億ドルを突破。国家輸出総額の約3分の1をITが占めた。2011年はスマートフォンの輸出増加、FTA、新興国の経済成長によるIT製品需要増で10%ほど輸出が伸びると予想される。

 課題となっているのはソフトパワーである。世界のIT市場規模をみると、ITサービス、ソフトウエアが市場の8割ほどを占め、ハードウエアは2割程度。一方、韓国はハードウエアの輸出がほとんどを占め、ソフトウエアは0.7%しかない(IT輸出1500億ドルのうち、ソフトウエアは10億ドル規模)。世界に逆行するIT輸出の内訳を立て直すためにも、ソフトパワーによる「IT融合」で新しい成長分野をつくりださないといけない。


 2011年、韓国政府のキャッチフレーズは「スマート強国コリア建設」となった。大統領も出席した放送通信産業のCEOらが集まった新年会で、政府と業界が一致団結して「IT強国を超えてスマート強国へ」成長していこうという「スマートコリア生態構築」を2011年の戦略として発表した。


 新年会で大統領は、「2011年はスマート時代、若者が中心となる新しい跳躍を期待する」とコメントした。スマートというのはいいが、若者が中心か…。「38度線」(韓国語で、「38歳で部長クラスに昇進できないとリストラされる」という意味)ではなく、「35度線」ぐらいになってしまうのかな。怖い。


 「スマート」で雇用拡大、「スマート」で成長への原動力発掘、「スマート」で中小企業と大手企業の共生、などなど、韓国では政府も研究所もマスコミも「スマート革命」とうたうほど「スマート」を強調して盛り上がっている。ところで、スマートフォンやタブレットPCが普及することで雇用が増えるのだろうか? スマートに効率よくして人を削るのではなく、新しい事業を立ち上げてその分を回す、というのだといいけど。年中リストラが当たり前の韓国だけに、「スマート革命」なんて聞くとまたクビ切りか、とビクッとしてしまう。


韓国政府のシンクタンクでIT戦略や市場動向を調査する韓国情報化振興院は、「2011年ITトレンド展望」として、以下のキーワードを選定した。スマートフォン、モバイルアプリケーション、タブレットPC、ソーシャルビジネス、モバイルオフィス、3D、クラウドコンピューティング、モバイルインターネット、個人情報、グリーンITである。


 海外市場で戦う韓国メーカーに目を向ければ、韓国IT業界の戦略は世界の流れと同じで、CESの影響を大きく受ける。CESで話題になったように、韓国も2011年はタブレットPC、スマートTV、4G、そして2010年に引き続きスマートフォンが中心になると見込まれている。


 スマートにつながる端末とネットワークとコンテンツ配信、というのが2011年のITトレンドということなのだろう。パソコンからスマートフォン、さらにはタブレットPCへと端末利用形態が移行し、各種ネットサービスはアプリケーションとソーシャルメディア、クラウドコンピューティングを経由したものに変わり、どこにいても仕事ができるモバイルオフィスに変わる、といった生活の変化も予想される。


 韓国の携帯電話出荷台数は年間2500万台ほどである。通信事業者の予測を見ると、2011年はその6割の1500万台がスマートフォンになると言うほどまだまだ伸び続ける。2010年が導入期だったとすると、2011年は活用期とも言える。政府のクラウドコンピューティング導入は2010年4月から準備していた統合電算センターが12月にオープンし、グリーンデータセンター、情報公開、情報管理先進化、といった国家戦略が実用段階に入った。


 IT専門紙である『電子新聞』が117社を対象に実施した「2011年CIOサーベイ」でも「スマートフォンとタブレットPCを社内で活用していく」、「目まぐるしく変化するビジネス環境に柔軟に対応するにはスマート技術を使った業務生産性向上が競争力となる」、といった答えが多かった。世界的不況で2010年まではIT技術を使ってとにかく費用を切り詰めることだけに焦点が絞られていたとすると、2011年からは、見通しのきかない時代ではあるものの事業拡大のためにITを活用したい、という雰囲気に変わってきたことが感じられる。

韓国IDCが発表した「2011 Top 10 Predictions」も面白い。


 韓国IT市場は2010年に前年比9.2%の成長率で高成長したが、2011年は4.1%と約半分に落ち込むと予測する。しかしソフトウエア分野の成長と新興国への輸出好調から安定した成長が見込まれるという。


 またクラウドコンピューティングが導入されてから、ビジネスのプロセスをどう統合していくかという部分をサービス化して提供するBusiness Process as a Serviceが注目されると予測した。スマート端末ユーザーの急増によってモバイルブロードバンドネットワークへの投資も増える。個人のスマート端末から企業のネットワークにアクセスして業務を行うことが増えているので、より安全なモバイルネットワーク構築に投資することになる。








ほとんどの企業がノートPC、スマートフォン、タブレットPCに適した顧客センターやアプリケーションを提供する

最も興味深いのは韓国がこれから「Intelligent Economy」 になるという予測である、ITと他産業の融合、融合された技術同士がさらに融合して新しい技術を生み出す。その結果、全産業にITが内在するIntelligent Economyへ進化するという。


 韓国では「Dream society」も注目のキーワードで、「夢を見てもらうことがビジネスになる」としきりに言われている。ITも同じで、顧客が求めているのは世界最先端の技術がなんたらではなくて、自分にとって価値のあるもの、ライフスタイルを豊かにできるかどうかだという分析である。必要だから買うというより、持っているだけで幸せになるから買うという消費で、アイドルグッズを買い占めるファンの気持ちをビジネスに生かすとも言える。


 似たり寄ったりの製品が増えている中、韓国企業が世界市場で力を発揮できているのは、グローバル企業が「ついていけない、無理」と首をふるほど新しいもの好きで文句の多い韓国人を国内で日々相手にしているからかもしれない。最新IT技術で生活を便利にして、夢も与えて、価値のある商品と納得させて、そこそこ値段も安く、じゃないと売れないからね。ま、その文句、クレームが結局企業の製品やサービスを磨き上げてくれるのだけど。


 韓国も日本も、力を入れている分野はほぼ同じ。でも韓国の方が「なんでもやってみよう」精神が強いせいか、はたまた熱血ユーザーが多いせいか、スマートフォンやクラウドコンピューティングによって生活が便利になった、仕事がしやすくなった、と身をもって体験できるような気がする。政府が持つデータベースが次々にオープンAPIで公開され、誰でも自由にそれを使ってアプリケーションを開発できるようにもなった。これからはアプリケーションなのかWebなのかという論争も面白い。








「スマートビル」は企業の売り上げ・税金管理ができるアプリケーション。国税庁ともつながる

というわけで、2011年も韓国IT業界は楽ありゃ苦もある、いつでも夢を持って「まずはなんでもやってみよう」で突き進んでいくだろう。今年も日本のマスコミに「韓国企業に学べ」と持ち上げられるほど元気にがんばってもらいたいものだ。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年2月3日

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http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110203/1029992/

KARA解散騒動にみる日韓Twitter大論争

韓国の人気女性グループ「KARA」をご存じだろうか。KARAが大変なことになってしまった。いつも笑顔で健気、テレビで見るよりも実物の方が数万倍かわいいとみんなに言われるKARAが! 苦労を乗り越え「生計型アイドル」(生計のためにこつこつとバラエティー番組にたくさん出演しているアイドル)としてお茶の間の顔になったKARAが、サムチョンファンの希望と癒しのKARAが! …(サムチョンは韓国語で叔父、叔父のように年の離れた男性ファンのことをサムチョンファンという。ちなみに少女時代のサムチョンファンもすごい)

 KARAの契約解除要求は、メンバー本人というより親の代理人である法律事務所と所属事務所の対立となっている様子。メンバーではなく親が出てくるところが韓国らしいといえば韓国らしいのだが、両親のいないアイドルはこういうときになると味方がいないのでとてもかわいそうに思えてしょうがない。


 今のところ日本での活動は、解散せず当分は続けるそうだ。ファンとしては5人それぞれが最も幸せな道を選ぶことを祈るしかないのかもね。


 さて、KARAと事務所とがもめている間、韓国のTwitterではKARAのファンが二分しちゃって大変だった。東方神起(人気の男性グループ。元は5人だったが、3人が離脱し、現在は2人で活動している)の前例もあったことから、これをきっかけに韓国芸能事務所のシステムやアイドルの待遇、収益配分を変えるべきだとか、韓国のアイドルは事務所が本人をスカウトして衣食住を提供してトレーニングさせて、莫大な投資をしてデビューさせているので、日本やほかの国の収益配分システムをそのまま導入するのは難しいといったビジネス面からの意見や主張もある。KARAがかわいそうとか、その反対に、人気を得てから事務所を裏切るアイドルが悪い、という考えもあり騒がしい。


 以前からあるネット掲示板や新聞記事のコメント欄で繰り広げられる討論も熱いが、Twitterが活発になってからの変化もある。芸能関係者が実名でKARAを擁護したり、なぜ韓流を冷え込ませるようなことばかりするのかと批判したりする。有名人本人が声明を発表するかのようにTwitterを利用している面もある。


 ソフトバンクの孫 正義社長兼CEOがTwitterでKARAには解散してほしくないとつぶやいたことが韓国では大々的に報道された(「KARAは良い!解散すべきじゃない」2011年1月23日のつぶやき)。KARAの運命は孫氏の手に委ねられるのか~なんて憶測まで飛ぶほどの大騒ぎになった。


 KARAのヒット曲を作曲したアーティストらもTwitterで「KARAの5人を応援する。KARAは5人でいるときが美しい」と声援を送り、ほかのアイドルたちも「KARAの歌が好き」、「KARAの5人の舞台が見たい」とつぶやいている。


 側近や肉親のTwitterも注目の的で、つぶやいたことがそのまま記事になる。KARA某メンバーの母親が心境を告白するつぶやきを残して火に油を注ぐ結果になった。某メンバーの父親は「日本のファンのTwitterのつぶやきに感動したのでKARAとしての活動は続けさせたい」といった内容でインタビューに答えたことから、「韓国のファンはファンでもないのか」、「日本だけ大事なのか」とサムチョンファンが激怒。日本のファンのつぶやきが解散を止めたけど、無名時代から応援してきた韓国のファンをがっかりさせてしまった。今では解散しようが何をしようがもう気にしないとTwitterで宣言する韓国ファンが続出している。

今回は、日韓でTwitterを経由して同じ話題で盛り上がったのが特徴と言える。日本のファンのつぶやきを翻訳機能で見た韓国人ファンがそれに反応したり、日本のファンがKARA関係者のTwitterアカウントにつぶやきを残したり、ネットの掲示板とはまた違ったリアルタイムの反応が見ることができて面白かった(KARAは苦しんでいるというのに面白いなんて言っては申し訳ないが)。

 こんな騒ぎの真っただ中にTwitter創業者であるエバン・ウィリアムズ氏が訪韓した。訪韓記念なのか、1月19日からはついにTwitterの韓国語版も始まった。韓国のTwitterユーザーは今まで英語版を利用するしかなかったので、慣れるまで時間がかかるという人が結構いた。韓国のインターネット事業者が提供する非公式韓国語版サイトを利用する人もいた。しかしこれからは老若男女、誰でも直感的に気軽に使える。





1月19日にスタートしたTwitter韓国語版

ウィリアムズ氏は記者懇談会で「韓国でTwitterの人気が高いことに感謝している」、「韓国ユーザーのためにTwitterを改善していきたい」、「韓国はIT技術とモバイルデバイスの側面から重要な市場である」といった話をした。

 ポータルサイトのDAUMと提携してTwitterで話題になっているキーワード、有名人のつぶやきをより簡単に確認できるようプラットフォームを拡張、通信事業者のLG U+と提携して携帯電話のショートメッセージ機能を使ってTwitterにつぶやけるようにした。


 まだ不便な点もある。韓国ではTwitterから韓国語を入力して検索すると、あるはずなのに検索結果が出てこない。ハッシュタグに韓国語は使えないようになっているのも不便だ。Twitterでのなりすましを防止する認証制度も、まだ提供されていない。


 2010年の1月と12月を比較すると、韓国のTwitter利用は3400%も増加している(Tweetの数)。ウィリアムズ氏によると、韓国は世界で最も速いスピードでTwitter利用が伸びている国の1つである。韓国で最もフォローされている人のひとりは作家のイ・ウェス氏。1月24日時点で57万5000人を突破している。


 すぐかっと熱くなって「私の話を聞いて聞いて!」と盛り上がる韓国人にとってTwitterは本当に最高の場所。「聞いて聞いて!」とつぶやく人ばかりで聞く耳を持たない人が増えてしまうのは困るが、KARAの次はどんなネタが来るのか、楽しみといえば楽しみだ。


趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年1月26日

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http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110125/1029809/

氷点下15度の大寒波! おサイフも地球も守るためにできること

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今年の韓国の冬はとにかく寒い! 天気予報では毎日「今年最高の寒さ」という言葉が繰り返されている。いったいどこまで寒くなれば気が済むんだ~。ベランダの観葉植物がきれいさっぱり凍死してしまうほどの寒さなのだ。

 日に日に寒さは増して、氷点下15度ぐらいは「そんなもんか」って思えるほどにまでなってしまった。この異常な寒さも地球温暖化のせいだというから、環境保全は大事なんだなって実感したものだ。


 それにこの寒さだと暖房で電気代がすごくかかる。オンドル(床暖房)を暖めるにはボイラーが必要で、家庭のボイラーは電気とガス、または電気と石油でないと動かない。これが実に温かいのだが、実にお金がかかるのだ。エアコンの暖房よりは安いというものの、ボイラーをつけたとたんに電気メーターとガスのメーターがびゅんびゅん回り始める。うちは古いマンションのせいか、玄関ドアの前にあるメーターの回る音が妙に大きくて「私は今電気とガスを使いまくっている」と切実な気持ちにさせてくれるのだ。


 もうずいぶん前から「これからはスマートグリッドの時代」なんて宣伝しているけど、本当に早くスマートグリッドと自家発電設備が商用化されてマンションにもついてほしい。電気代もガス代も節約できる。メーターもスマートメーターに替えて、電気代に心臓がドキドキしない暖房をしてみたい。







ソウル市内でもよく見かけるようになった太陽光発電の街灯


韓国では戦略的にチェジュ島をスマートグリッド実証実験団地にしている。「電気を賢く使うとは何か」を体験できる施設がたくさんあり、観光コースにもなっているほど。チェジュの東海岸地域では実証実験として一般家庭にスマートグリッドを導入していて、風力発電や太陽光発電で自家発電し、家のどこでどれぐらいの電気が使われているのか一目で分かる画面がテレビに映し出される。このため、自然と無駄をなくして省エネしているという。どんなにエアコンを使っても電気代が基本料金だけと自慢する住民のインタビューを見て、本当にうらやましかった。発電装置という初期投資は必要だが、残った電力を貯めて家庭から電力会社に売ることも計画しているというから面白い。


 暖房による電力使用も史上最高値となり、大雪によって停電する地域もあった。この寒さに停電は厳しすぎる。しかし問題なのは企業の停電だ。地方にある産業団地では停電によって工場の稼動が中止、1日で数百億ウォンの損害が発生した。鉄鋼、石油、半導体、自動車など大手工場では停電になったら自家発電を稼動してどこから先に電力を供給するかといった非常電力システムを毎日チェックし、ぴりぴり緊張したムードが漂っているという。製鉄工場などでは韓国電力の要請によって、電力使用ピークタイムになると工場の稼動を1時間ほど中断するほどである。もうすぐお正月というのに、寒波が続く限り電力関係者らはゆっくり休んでいられないだろう。







2010年10月に開催されたLow Carbon Green Expo 2010で、既存テレビと省エネLEDテレビの電力消耗を比較展示しているところ


寒波で電気代が家計を圧迫すると、電気代を節約する省エネ家電がおのずと浮上してくる。中身を自動感知して温度設定を変えて電気代を節約する冷蔵庫とか、短時間でご飯が作れる炊飯器などが人気。余熱で料理ができる圧力鍋もよく売れているという。韓国の冬は牛の骨と肉をじっくり煮込んだ白いスープの「コムタン」が定番なのだが、24時間以上煮込まないといけないのでガス代が相当かかる。圧力鍋があればガス代も料理時間も節約できる。

 外でも使える一人用暖房家電も飛ぶように売れたそうで、スマートフォンがカイロになるというアプリも話題を集めた。端末に悪影響を与える、バッテリーの消耗が激しすぎて利用できない、全然温かくならない、視覚的効果だけ、と不評だったけど。


 夏はものすごく暑く、冬はものすごく寒い極端な天気のおかげで、電気のありがたさが身にしみる今日このごろ。電力不足で問題が起こる前に、スマートグリッドで省エネも実現してゆとりある電力確保を実現させたい。


趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年1月20日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110120/1029719/

【韓国教育IT事情-6】省庁が力を合わせて取り組んできた教育の情報化

 「【韓国教育IT事情-3】デジタル教科書とVR教室で教育現場に変化」で紹介したように、2010年韓国はスマートフォンが大流行し、2011年には携帯電話加入者の4割はスマートフォンを使うとまで予測されているほどである。スマートフォンを使わせるため、全国各地に無線LANスポットも急増し、都市部だけでなくリゾート地や農漁村でも無線LANの電波が届くほどだ。キャリアはこぞって「うちはフリースポットをこんなに持っている」「うちのスマートフォンに加入すると、全国どこでもWi-Fiが使える」と、お互いにものすごく張り合ってCMを流している。

◆旅先でも手軽に使えるデジタル教科書

 韓国のデジタル教科書はどんな端末からも使えるのが特徴である。子どもを連れて旅行に行っても、旅先でスマートフォンと無線LANを使ってデジタル教科書を読み込んで勉強し、宿題をさせられる。子どもにとっては大変な世の中になったものだ。

 大学でも、これまではノートパソコンを使うモバイル・キャンパスや、携帯電話を使うものがあったが、今は全部スマートフォンに変わっている。スマートフォンで大学の講義をリアルタイムで聴けるのみならず、出欠チェックや、先生への質問など、全部がスマートフォンで行えるようになった。

 日本ではすでに発売されているiPadであるが、韓国では2010年11月30日にようやく発売された。10月からサムスンのGalaxy Tab(ギャラクシー タブ)、最大手キャリアのKTからIdentity Tabという7インチのタブレットPCが発売された。持ち歩ける大きさということでiPadより小さく軽く、300万画素のカメラ、DMB(韓国のワンセグ)受信機能、音声通話機能が付いているのが特徴である。また中小メーカーからはさらに小さい5インチの学習用タブレットPCも登場した。5インチは主に高校生向けで、休み時間にも受験サイトにアクセスして講座動画を見たりして受験勉強ができるよう作られたものである。

 2010年末になってようやくタブレットPCが出揃い価格競争も始まるだけに、デジタル教科書実証実験校でも、現在タッチ式ノートパソコンで行っている実験をタブレットPCに変更する計画が出始めている。

◆学習効果を見ながら徐々にデジタル化

 デジタル教科書実証実験5年目を迎える2011年には小学校3~6年の国語、英語、数学と中学1年生の英語が紙教科書+CD-ROMになる。中学までは義務教育であるため無償で配布される。CD-ROMのコンテンツは、パソコンはもちろん、モバイル端末にもインストールできるように準備している。電子黒板とIP-TV、子ども用の端末を活用して授業を行い、学習効果を見ながら徐々にデジタル教科書へと切り替える計画である。重いカバンを背負わなくても済む、参考書を買わなくてもCD-ROMにあるアニメ、動画、百科事典などの付加コンテンツを活用して勉強できる、といったメリットがある。

 2011年には「デジタル教科書2.0」実験も始まる。韓国政府はもっとも付加情報が多く端末の操作も要求される科学の教科書を中心に、2007年から行われているデジタル教科書をアップグレードさせるための研究である。デジタル教科書が本当に学習効果を高められるのかを研究する「教育情報化成果測定指数開発」にも着手した。

 デジタル教科書というのは、ただ端末の中に教科書を入れればいいというものではない。韓国では、教育の情報化、校務の情報化等、すべて情報化して、デジタル教科書と連動させている。教科書だけではなくて、学生たちがデジタル教科書で何を入力したのかを把握し、それを全部評価して、校務のデータベース化と連動させるシステムも全部整っている。

 韓国政府の教育政策は「ビジョン2015年」として、先進教育学術情報化による健康で創造的人材育成を目的としている。5大戦略目標の一つにGreen IT 基盤の新教育システム構築があげられ、学習と技術基盤の相互イノベーション、初等教育から生涯学習まで個人の成長に合わせて対応できるシステム環境構築に重点が置かれている。デジタル教科書はデジタルネイティブ世代に合わせた効果的学習ツールとして脚光を浴びているが、小学生だけでなく、生涯教育の一歩として導入したいとも考えている。

◆デジタル環境における著作権法改善方案

 経済産業省にあたる知識経済部と文化庁にあたる文化体育観光部は「融合コンテンツ開発支援」として、デジタル教科書につながるマルチプラットフォーム標準電子本制作、3D教科書、仮想現実・ホログラムを使った教科書コンテンツ開発を支援している。また教科書のために著作権も改訂しようとしている。現行の著作権法では「教科書に掲載」することは著作権が免責されるが、デジタル教科書の場合、その資料を再加工して宿題をしたり、そのデータを他の学生に転送したりすることもできるので、著作権違反になる可能性がある。

 「デジタル環境における著作権法改善方案」をまとめ、デジタル教科書にリンクするDBや情報の範囲をどこまでにするのかというのも決めようとしている。

 韓国ではデジタル教科書導入に向けて15年もバッググラウンドのシステムを開発し、先生のスマート化を図り、省庁が力を合わせて制度を改善、中身の開発のために支援を惜しまないできた。日本のデジタル教科書はある日突然沸いて出たようなイメージがある。紙の教科書をデジタル化して子ども1人に1台パソコンを配ったからといって教育効果が高まるだろうか。デジタル教科書は教育情報化、教室情報化、校務情報化といった一連の流れの中で登場するものである。日本はデジタル教科書だけを目的にしているのではないかと、疑問に思ってしまう。今の日本の教育問題、子どものICT利活用問題、先生や学校の問題、全部を見通して政策的に進めているのか、自問してほしいものだ。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

リセマム (ReseMom)
2010年12月23日

-Original column
http://resemom.jp/article/2010/12/23/813.html

【韓国教育IT事情-5】98%が満足する韓国のデジタル教科書

韓国では、教育行政改革とシステム開発に15年以上の歳月を費やし、教育の情報化、学校の情報化、家庭の情報化、教務の情報化、行政の情報化を進め、どんなデバイスからも利用できる教育デジタルコンテンツを揃えるなど、地盤を固めたうえで、2007年から本格的にデジタル教科書の実証実験を始めた。

◆小学校5、6年向け英語教科書からデジタル化

 2007年にはまず小学校5、6年向け英語教科書がデジタル化された。端末会社、通信キャリア、教科書会社などがコンソーシアムを組んで入札した。この時のデジタル教科書は、まだ紙の教科書をHTMLにして音声ファイルが動画を追加しただけのシンプルなものだったが、2008年からは全国の小学校20校、2009年~2010年には全国の小学校132校(全国小学校数は2009年5,829校)で、5、6年生の国語、英語、数学、社会、科学をデジタル教科書で教える実験を始めた。

◆健康被害の検査も実施

 実証実験を始める前に保護者を集めてデジタル教科書を体験させ、毎日学校のホームページから今日はデジタル教科書でどの科目のどの部分を勉強し、テストを行った結果学習効果はこうだった、など実験情報を公開している(これはもちろん実証実験に参加している子どもの保護者だけが見られるようになっている)。

 保護者からはデジタル教科書を搭載したノートパソコンに電子黒板を使うことで電磁波が過剰に発生し、子ども達の健康に悪影響を与えるのではないかと心配する声もあった。背が伸びない、免疫力が落ちる、視力が悪くなる、あるいはネット中毒になるのではないかといった問題が提議されたため、学校ごとに健康診断と心理検査を行い、実証実験前後を比べることにした。検査をしてみると、子ども達の健康状態に問題はなく、授業中だけデジタル教科書を使い、休み時間は保管箱に入れておくという使い方をしたため、ネット中毒の心配もなかった。

◆98%がデジタル教科書に満足

 その結果、デジタル教科書実証実験校では子どもも保護者も先生も、デジタル教科書の満足度が98%に達しているほどである。

 日本ではデジタル教科書というと、タブレット型の端末を思い浮かべるほど端末優先である。日本の場合、インフラがあって、デバイスがあって、環境が整ったので何かいいコンテンツはないかと探し始めるが、韓国は逆で、いつもコンテンツが先だ。韓国のデジタル教科書は教科書そのものの中身をどう改善するか、といった悩みから出発している。

◆デジタル教科書の定義

 韓国の文部科学省にあたる教育科学技術部は、デジタル教科書を「学校と家庭で時間と空間の制約なく利用でき、既存の教科書に、参考書、問題集、用語辞典などを動画、アニメーション、仮想現実などのマルチメディアで統合提供し、多様な相互作用機能と学習者の特性と能力、水準に合わせて学習できるように具現された学生向けの主な教材」と定義している。つまり、教科書の内容を画像や動画にして見せるだけのデジタル化ではなく、有無線ネットワークを利用して、その内容を見て聞いて書き込めるようにしたもので、個別学習や個別指導・評価を可能にするインタラクティブな教科書を、デジタル教科書としている。

 韓国政府は、大学入試のための教育費負担が家計を圧迫していることから、塾に行かずお金をかけなくても勉強できるシステムを作るため、教育放送の入試講座から試験問題を出すことにしている。そのため教育放送の動画をいつでも好きなときに見られる動画再生端末が、高校生の間では大ヒットした。これをデジタル教科書にもつなげるというのが基本的な考えで、所得や地域、障害といった格差を感じることなく、ネットさえつながっていればレベルの高い教育を受けられるようにするというのがデジタル教科書である。

 韓国でも、デジタル教科書は紙を使わなくなるということでエコのためにも必要といわれているが、90年代からずっと目標としていたのは「見える教育」と「格差をなくす」「均等な教育機会」であった。少子化によって自分の子どもが一番と信じてやまない親が急増し、その教育熱は想像を絶するほどである。

 収入の7~8割を子どもの教育のために使う家庭も少なくない。子どもに投資することが老後対策と考えているからだ。2009年10月韓国銀行が発表した「韓国家計消費の特徴」報告書を見ると、家計消費に占める教育費は2009年上半期平均7.4%で、アメリカ2.6%、日本2.2%、ドイツ0.8%に比べ3~9倍も多いと指摘している。

 地域によって受けられる教育の水準が違うことからソウルに人口が一極集中し、不動産バブルになっている問題を解決するためにも、所得が少なく塾に行けないと勉強についていけないという問題を解決するためにも、学校で一人ひとりに合わせた教育を行っていることを客観的に示すためにも、紙の教科書より情報量が豊富で、学校でも家庭でも楽しく勉強できるデジタル教科書は必要だった。さらに、生まれた時からパソコン、携帯電話、インターネットに慣れ親しんでいるデジタルネイティブ世代に合わせた効果的学習方法としても、デジタル教科書は必要とされていた。

◆保護者がデジタル教科書に興味を持ったきっかけ

 韓国でデジタル教科書が話題になり始めたのは「英語」とも関連がある。国際競争力を高めるために英語は必須ということで幼稚園から英語を教え、私立小学校では1年生から英語と中国語を教えている。公立小学校でも3年生から正規授業として英語を教えるようになり、これを1年生からに変えようとしている。

 全国の小中高校には英語ネイティブスピーカーの先生が数人ずつ派遣されている。学校の英語の授業は、先生は2人以上で、文法は韓国人の先生が担当し、会話や発音はネイティブスピーカーに学ぶ構成になっている。

 デジタル教科書を使ってマルチメディアを活用すれば、ネイティブスピーカーがいない地方の学校でも都市の学校と変わらない英語教育環境を整えられるのではないかと期待された。デジタル教科書の英語科目には学生が英語を録音し、その波長を分析してネイティブの発音に近づくよう個別指導してくれる機能もある。英語を効率的に教えるためにもデジタル教科書の方が紙の教科書よりもいい、というチクミが広がったのも、保護者がデジタル教科書に興味を持つようになったきっかけになった。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

リセマム (ReseMom)
2010年12月22日

-Original column
http://resemom.jp/article/2010/12/22/798.html

【韓国教育IT事情-4】教育情報化に見る日韓の違い

日本でも2015年デジタル教科書導入を目標に、子ども1人1台パソコン、学校と教室の情報化を進めていると聞いた。





デジタル教科書実証実験校の様子


◆韓国では教員1人1台PCは当たり前

 ところが、文部科学省の資料を見て驚いた。2010年までに教員1人1台のパソコンを普及すると書いてある。韓国では教員1人1台のパソコンなんて当たり前すぎて、政府が目標として掲げるようなことでもないからだ。

 韓国では、教員用1人1台どころか、2~3台はある。教室ごとに電子教卓(パソコンが中に入っている教卓)がある。デジタル教科書実証実験校でなくても、電子黒板とパソコンを連動して教員が準備したマルチメディア教材を使って授業を行っている。先生達は教科書の内容を子ども達により分かりやすくするために、マルチメディア教材サイトの会員になり、教科書の内容に合わせて動画やアニメを準備する。教員ごとにオリジナルの教材を作り、電子黒板でそれを見せながら教えるのがいつもの授業光景である。教室の中にはネットにつながったIPTVもあり、休み時間には教育放送のネット放送から好きな番組を選んでみんなで一緒に観たりもする。デジタル教科書実験校(小学校)ではこれにプラスして、生徒全員がタッチパネル式のノートパソコンを使って、一部の科目の授業を行っている。

 学校には必ずPCルームもあり、「放課後教室」といって子ども達が教育用に制作されたアニメを見て復習したり、社会科目の発表準備のためにネット検索して調べてパワーポイントで資料を作ったり、先生と一緒に利用できるようになっている。

◆学校の情報化が遅れる日本

 学校の情報化なんてもう90年代で終わり、VR教室へと進んでいるのに比べ、日本は会社や家庭でのICT利活用は世界1~2位を争うほど進んでも、学校だけが取り残されているようで心配だ。

 韓国では2013年全小学校におけるデジタル教科書導入を目標に、1996年からバックグラウンドとして学校情報化、校務情報化、教育行政情報化、家庭学習情報化に取り組んできた。

 
「【韓国教育IT事情-2】熱血教育ママに学ぶ教育とICT…教育情報化編」で紹介したように、もともと韓国では国民のネット利用率が高く、子どもも保護者も教員もネットに慣れていて、学校からの告知や宿題もネット経由でやっている。これも90年代からの学校情報化、教育情報化システムの成果といえる。

◆韓国の教員は学習指導に専念

 韓国では1996年に学校情報化、教員情報化研修、デジタル教科書構想が始まった。1997年には学校総合情報管理システムSIMS(School Information Management System)が導入され、2002年には教育行政情報化NEIS(National Education Information System)に拡大された。小学校から高校までの学校生活と成績記録が情報化されて大学に渡されるので、大学入試の時に添付書類や紙の願書を書く必要がなくなった。電子政府サイトもオープンし、卒業証明や成績証明を電子政府サイトからも申し込めるようになった。

 2006年には校務システムが全面的に導入され、先生方の仕事はほぼすべてが情報化・自動化されている。雑務と呼ばれていた統計作業や報告業務が大幅に減り、学習指導だけに集中できるようになった。

 2008年からは教育現場にモバイルクラウドコンピューティングを導入することで、「先生のパソコンはネットの中にある」というコンセプトで、中央センターに各種プログラムやデータをおいて、全国の教員はそれをネットにアクセスするだけで、どこにいても使えるというシステムを構築し始めた。セキュリティを高め、教員専用のネット本人確認システムを導入したことで、家でも外でも安全にシステムにアクセスして業務を行えるスマートワーキング環境を目指している。

◆15年以上もの歳月を費やされた教育行政改革とシステム開発

 デジタル教科書を使って勉強、その端末でテストを行い、学習効果を測定・分析、そのデータが自動的に教員の端末に送信され一人ひとり個別指導を行う。学生が毎日どんな学習をして教員がどのように指導したのかは、保護者にもすべて公開される。小学校から高校卒業までこのデータが蓄積され、大学入試の資料になる。韓国ではデジタル教科書実証実験を始めるために、15年以上も教育行政改革とシステム開発を行ってきた。

 デジタル教科書は、教育の情報化、学校の情報化、家庭の情報化、教務の情報化、行政の情報化、どんなデバイスからも利用できる教育デジタルコンテンツをたくさん揃えるなど、バッググラウンドがしっかりしていないと成り立たない。





趙 章恩=ITジャーナリスト)

リセマム (ReseMom)
2010年12月21日

-Original column
http://resemom.jp/article/2010/12/21/782.html