iPad 2と張り合うGALAXY Tab10.1に高まる期待

.
米アップルがサムスンのGALAXY S2やGALAXY Tab10.1、GALAXY Tab8.9がiPhone、iPadのデザインとユーザーインタフェースをそっくり真似ているとして特許侵害訴訟を起こしたことは日本でもあちこちで報道された。その後サムスンも、アップルがデータ分割伝送、電力制御といった携帯電話製造に関する特許を侵害したと逆提訴している。


 アップルがサムスンのGALAXY Tab新端末を公開するよう求め裁判所の許可をもらうと、サムスンも負けじとiPhone 5とiPad 3を公開するよう求めている。特許紛争ではよくある資料収集のための要求とのことだが、アップルが攻撃するとサムスンも同じ攻撃で応える状況だ。


 アップルの訴訟目的はサムスンではなくAndroidをけん制するためと分析されている。半導体やLCD特許訴訟のように、いずれ和解するとは言われているが、ユーザーとしては法律事務所だけがもうかる意地の張り合いになってほしくない。結局その費用は製品価格に上乗せされるだろうから。


 韓国ではアップルとサムスンの訴訟の影響で、ますますiPad 2とGALAXY Tab10.1の関心が高まっている。iPad 2は5月末時点でも全く手に入らない幻の端末である(参照記事)。GALAXY Tab10.1はついに6月8日に発売されるという報道が流れている。


 ネットではGoogle I/O 2011開発者会議や展示会で撮られたと見られるGALAXY Tab10.1とiPad 2の比較映像が大人気。海外のブログやオンラインマガジンが掲載するGALAXY Tab10.1のレビューや感想はすぐ翻訳され記事になり、iPad 2とどっちを買うべきか迷うユーザーのコメントが多く書き込まれている。


 GALAXY Tab10.1はiPad 2の最大のライバルになるのではないかと期待を集める。Google I/Oで参加者に贈られたモデルからすると、iPad 2より細長い感じで、薄さは8.6mmと0.2mm薄く、重さは565g(Wi-Fiモデル)と601gのiPad 2より軽い。モトローラやアスースのタブレットよりも断然軽く、もっとも薄くてもっとも軽いタブレットPCというのが自慢だ。既存のGALAXY Tabは7型でポケットに入る大きさというのが売りだったものの、あの分厚さはなんとかならないのかとユーザーの間では不満もあった。


2011年5月11日、Google I/Oに参加したアプリケーション開発者に贈られたGALAXY Tab10.1。6月に発売する製品は、端末のサイズは同じで仕様が若干変更されるという


 韓国のユーザーの間では、DMB(韓国のワンセグ)を搭載するのかしないのかが話題になった。GALAXY Tab10.1にはDMBを搭載せず、10.1の後に発売されるGALAXY Tab8.9には搭載するという。10インチのタブレットでテレビを見るよりは、アプリから電子本、ゲーム、動画を利用するユーザーの方が多いと判断したからだ。DMBを搭載しないとより軽くなる。


 サムスンは、GALAXY Tab10.1がiPad 2と張り合えるよう、Googleが提供する各種クラウドサービスとAndroidマーケットに最適化している。韓国でもタブレットPCを買うのは仕事に使えて便利だから、という人がまだ多いので、いつでもどこでも仕事ができる「スマートワーク」をサポートする端末であることをアピールする。


 GALAXY Tab8.9や既存の7型はサムスンならではの機能を追加することで、選択の幅を広げるとしている。スマートフォン、タブレットPC、スマートTVをつなげたNスクリーン(利用していた動画やアプリをどんな画面からも続けて利用できる)戦略も視野に入れていて、アプリケーション開発の支援も始めている。


 韓国内では4Gに対応したGALAXY Tab Wibroも発売された。タブレットPCからどんなに重たいコンテンツでもすいすい利用できるようになった。海外ではLTEに対応したスマートフォンを先に発売、LTEに対応するタブレットPCをアップルより先に発売する計画だ。



 米シスコシステムズのVisual Networking Index (VNI) 2010~2015によると、2010 年には、300 万台のタブレットPCがモバイルネットワークに接続され、各タブレットPCでは、スマートフォンの平均の5倍の通信量が生成されたという。2010年から2015年で、世界のモバイルデータ通信量は26倍増加し、2015年にはタブレットPCの通信量だけで2010年全世界のモバイルネットワーク通信量に匹敵するほどの量になると予測した。この通信量を処理するためにも、ネットワークの速さにストレスを感じることなくタブレットPCを利用できるようになるためにも、「4G+タブレットPC」の組み合わせも重要な競争のポイントになる。


 ガートナーは世界のタブレットPC販売台数を2010年1950万台、2011年には5480万台、2014年には2億800万台と大幅に成長するものと予想する。一方、JPモーガンは、アップルが一人勝ちしすぎたため、他のメーカーはタブレットPCの生産台数を予定よりも減らし、慎重に対応していくだろうという報告書を発表した。iPad 2は売れても、タブレットPC全体で見ると予測されたほど売れていないという。


 そんな中でもサムスンは、2011年のタブレットPCグローバル販売台数を前年の5倍、750万台を目標としている。ラインアップを多様化することで無難に目標は達成できると見られている。一方スマートフォンの目標は前年の2倍である年間6000万台で、携帯電話(フィーチャーフォン)を合わせると3億台販売を目指している。





趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年6月2日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110602/1032154/

スマホ用ディスプレイの覇者争いに活気づくゲーム市場

.
アップルの次世代スマートフォン「iPhone 5」には、既存の平面ではなく曲面ディスプレイが搭載されるらしいとネットで話題だ。韓国のサムスンとLGのスマートフォンも、この5月からディスプレイ競争を始めている。今まではCPUやUI、薄さ、軽さに焦点を当てていた。

 ディスプレイ競争のきっかけはLGのスマートフォン「Optimus Black」。世界で最も明るい700カンデラ(cd、発光体が放つ光の強さの程度を表す単位)のディスプレイを搭載したと大々的に宣伝したことから、サムスンの「Galaxy S2」が搭載するSuper AMOLED Plusがいいのか、LGの「Optimus Black」が搭載するIPS液晶のNOVA Displayがいいのか、ネットではユーザー同士の口コミ合戦が熱くなっている。


 LGによるとNOVA Displayは最高技術の液晶だそうで、現存するスマートフォンディスプレイの中で最も明るく、それで「新星」という意味のNOVAと命名したという。サムスンのスマートフォンより2倍ほど明るいので、どんな場所で見ても目が疲れにくいというのが売りだ。







LG電子は「世界で最も明るい」というNOVA Displayを搭載したスマートフォンOptimus Blackを発売し、スマートフォンのディスプレイ競争を巻き起こした



 サムスンも負けていない。Super AMOLED Plusはディスプレイのピクセル構造をRGB方式に変更したもので、自然の色の再現力、明暗比率、ディスプレイの反応時間、消費電力、どれをとってもLGのIPS液晶とは比べものにならないほど優れていると宣伝する。


 LGは明るさ、サムスンは色が鮮明、という点が特徴である。ユーザーの間ではより鮮明で色鮮やかなのはGalazy S2、野外でも画面が見やすく可読性が高いのはOptimus Black、Webブラウザー画面の解像度はiPhone 4、といった具合にそれぞれ特徴があると分析されている。


 Pantechも新しく発売したスマートフォン「Vega Racer」にゲームを躍動的に楽しめ、正面からは見えても横からはのぞけないシークレットビュー機能が付いたディスプレイを搭載していることをアピールした。


スマートフォンがディスプレイ競争を始めたら、モバイルゲーム業界も忙しくなり始めた。韓国人がスマートフォンでもっとも利用するコンテンツは「ゲーム」と「動画」といわれていることから、より鮮明で明るいディスプレイでやってみたいと思わせるゲーム開発に余念がない。


 サムスンもGalaxy向けキラーアプリとしてゲームを育てる方針であることを発表した。GalaxyのスマートフォンとタブレットPC向けに、ソーシャルネットワークゲームを準備しているという。時期は確定できないが、ソーシャルネットワークゲームをプリインストールして販売する可能性もあるというから楽しみだ。韓国では「モバイルゲーム=中小ベンチャー」の分野という認識があったので、サムスンという韓国を代表する大手が参加することで市場が大きく伸びるのはないかと期待されている。


 またアプリストアにも変化が表れ始めている。韓国はオンラインゲーム等級制度があり、韓国内で流通するすべてのオンラインゲーム(モバイル向け含む)は審議を経て、利用できる年齢に制限が設けられる。そのため世界市場をターゲットにするアップルのApp StoreやグーグルのAndroidマーケットは韓国で審議を得るのは難しいということで、ゲームというカテゴリーを消してサービスを提供していた。ゲームを利用するためにはエンタメのカテゴリーから入るか、ゲームの名前を検索して利用するしかない。


 だがここにきて、世界の流れに応じて規制緩和すべきというゲーム業界の意見を韓国政府が受け入れ、2011年の7月あたりからは、アプリ開発者が自主的に等級を付けて青少年を保護するという条件で、ゲームアプリを提供してもいいことになりそうだ。


 さっそく人材のスカウト競争も始まった。ポータルサイトや大手オンラインゲーム会社はスマートデバイス向けゲームアプリ専門会社を設立し始めていて、個人でゲームアプリを制作し、韓国以外の国で販売して大ヒットさせたことで有名になった開発者を自分の会社にスカウトしようとしているのだ。携帯電話向けのモバイルゲームをスマートフォンやタブレットPC向けに手直ししたり、3Dを加えたり、2011年はゲームアプリの転換期になりそうだ。


 韓国コンテンツ振興院によると、韓国のモバイルゲーム(ゲームアプリ含む)市場規模は2010年の4242億ウォン(約297億円)から2011年には4878億ウォン(約341億円)へ、13%程度の成長が見込まれている。ゲーム産業協会の関係者は、「スマートフォンのディスプレイもゲームしやすくどんどん技術がよくなっているし、さらにゲームアプリを正式に販売できるようになれば、4878億ウォンどころか8000億ウォンは軽く超えるだろう」と期待を隠せない様子だった。


 オンラインゲーム大国の次はゲームアプリ大国になれるだろうか。どんな楽しいゲームが登場するのか、7月が待ち遠しい。






趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年5月27日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110527/1032055/

品薄続きのiPad 2、免税店が穴場? Galaxy Tab10.1との競争も迫る

ソウルで地下鉄に乗っていたら、隣に座った女子高生達が「あれいいよね~」、「手に取った瞬間買いたくなっちゃってさ~」、「一度使ってみるともう手放したくなくなるよね~」と騒いでいた。何事かと思ったらiPad 2のことだった。

 女子高生達の手にはそれぞれGalaxy TabやiPad 2が握られていて、地下鉄の中でずっと自分の顔がどの芸能人に似ているか判断してくれるアプリがどうとか、受験勉強用のモバイルラーニングはどこがいいとか、盛り上がっていた。


 韓国では10年以上も前から受験勉強のためにEラーニングを利用していて、高校生になれば電子辞書兼用のPMP(Portable Multimedia Player、動画再生用の小型端末)を買ってもらい、休み時間や移動中の時間も惜しんでEラーニングの講座を見るのが受験勉強の基本である。それがついにGalaxy TabやiPad 2になったわけか。


 韓国では4月29日にKTとSKテレコムの2つのキャリアから発売されたiPad 2。発売当日はやっぱり早朝から人が並ぶ大騒ぎとなった。KTは全国に5万以上の4G WibroスポットがあるのでiPad 2から超高速モバイル通信を使えると宣伝し、SKテレコムは全国どこでも安定した3Gネットワークを利用できることを宣伝している。


 iPadは米国より7カ月ほど遅れて韓国で発売されたので、待ちきれず海外から買ってくる人が多かった。iPad 2は1カ月ほどの遅れで発売されたので国内で購入する人の方が多いと見込まれている。そのせいか、発売から1週間もしないうちに韓国内にあった在庫がほとんど売れてしまい、品薄状態が続いている。ネットでは「どこに行けばiPad 2を買えるのか! 買いたくても買えないiPad!」と嘆く人が後を絶たない。どの代理店も入荷と同時に売り切れるという。


 ついにはTwitterで「iPad 2を買うなら免税店が穴場」という情報も出回っている。世界各国の免税店価格を比較した情報もあれば、出国する際に仁川空港の免税店でもっと安く買えるという情報もあった。韓国の免税店はその場で会員登録すると追加割引をしてくれるので、それを利用すれば外国で買うより安くなる。




KTから4月29日に発売されたiPad 2を売り場で試す


韓国も5月は休みが多く、5月5日は子どもの日で公休日、5月10日はお釈迦様誕生日だったので、休みをとって連休を楽しんだ人が多かった。出国する人だけが免税店を利用できるので、この機会を利用して国内では品薄のiPad 2を安く買おうというわけだ。免税店ではWi-Fiモデルだけ扱っている。免税なので6000~7000円ほど安くなるという。



 しかし免税店に行けばいつでも手に入るわけでもないようだ。仁川空港の免税店でも40台が入荷されたが2時間で完売したという。インターネット新聞「イデイリー」の記事によると、自分の出国日にiPad 2の在庫があるかどうかを確認する電話が毎日何十件もあるので、免税店の営業に支障があるほどだと伝えている。


 iPad 2騒ぎが続く中、サムスンのGalaxy Tab10.1が計画を前倒しして5月中に発売されることとなった。10.1型と既存のGalaxy Tabより画面が大きくなりバッテリーの持ち時間も長く、iPad 2よりも薄く軽いという。Galaxy Tab10.1は試作品が公開される度にデザインと仕様が良くなっているので、最終的にどんなものが発売されるか楽しみである。下半期にはGalaxyTab8.9も発売される予定である。






Samsungの「Galaxy Tab」Webサイト


ディスプレイバンク社の調査によると、3月から、ノートパソコン用のパネルよりタブレットパソコン用パネルの出荷量の方が多くなった。4月にはタブレットパソコン用のパネル出荷量が初めて全世界で500万台を超えたという。

 2010年スマートフォンが一気に普及して携帯電話出荷量の60%がスマートフォンになったように、2011年はタブレットパソコンの人気が爆発しそうだ。


趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年5月20日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110520/1031904/

2011年6月7日 韓国デジタル教科書先進事例の問題点と日本の挑戦 セミナー


http://www.jpi.co.jp/seminar/seminarDetail.aspx?seminarNo=11262&bunyaNo=27


2011年6月7日(火) 09:30-11:55
東京


文部科学省『教育の情報化ビジョン』の重点取組み課題と
「韓国デジタル教科書」先進事例の問題点と日本の挑戦


講義項目2 第二部
韓国のデジタル教科書導入等の現状とビジネスチャンス
講師 趙 章恩 (10:45~11:55)
 1996年から構想が始まり、6年以上の実証実験を経て2013年商用化を迎える韓国デジタル教科書。実証実験の結果からわかった問題点とデジタル教科書参加企業のビジネス戦略から、日本のデジタル教科書のビジネスチャンスを探る。
1. 2011年韓国のICT現況
2. デジタル教科書とは何か
3. 韓国デジタル教科書の特徴
4. 韓国デジタル教室、スマート教室
5. デジタル教科書を導入するまでの過程
   学校情報化、校務情報化
6. デジタル教科書授業様子・事例紹介
7. デジタル教科書参加企業と技術
8. デジタル教科書の効果
9. デジタル教科書関連企業戦略
10. デジタル教科書義務化に向けた課題
11. デジタル教科書と教育情報化の未来
12. 関 連 質 疑 応 答
13. 名 刺 交 換 会
   講師及び参加者間での名刺交換会を実施いたします


「スマートフォン+4G」競争が激化の一途

韓国初の4G向け周波数競売も予定



 スマートフォンが生活の基盤になりつつある韓国では、スマートフォンから利用できる高速モバイルネットワークである4Gへの関心が何よりも高まっている。


 TwitterやFacebook、人気のアプリケーションも、ネットワークにつながっていないと使い物にならないため、通信キャリアのCMも、端末の機能より、Wi-Fiスポットを他社よりたくさん持っている、モバイルインターネット使い放題料金が安いといった「ネットワークにより安く、速く、つながりやすい」ことを強調する内容になっている。


 最大手のKTは、「4Gで一足先に行く」をテーマにしたCMを流していて、6月からWibro(韓国のモバイルWiMAX)基盤の4GスマートフォンとタブレットPCを発売する。SKテレコムは7月、LGU+は10月よりW-CDMAより下りが5倍ほど速いLTEで4Gサービスを始めるとしている。






KTの4Gサービス広告


KTが4Gとして発売するのは、Wibro+Wi-Fi+W-CDMAの3種類のネットワークに対応した台湾HTCのスマートフォンとタブレットPC。KTは既に3月からWibroが使えるサムスンのGalaxy Tabを発売していて、Wi-Fiより速い4Gが使えると宣伝してきた。また幼児向け教育ロボット、クラウドコンピューティング、モバイル端末で操作できる遠隔業務処理など、4Gネットワークを使った応用サービスも次々に発表している。


 KTは韓国最南端の島でレジャー・観光の名所であるチェジュ道と提携し、「チェジュ・モバイルワンダーランド」構想にも参加している。海、山、滝といった観光スポットはもちろん、バス、タクシー、レンタカーにも4Gネットワークを張り巡らせ、6月までは誰でも無料で移動しながらも高速モバイルネットワークを体験できるようにしている。またKTと自治体が協力してチェジュ道に「スマートワーキングセンター」という拠点を作り、公務員が自分のオフィスにいなくてもこの拠点を訪問して遠隔で仕事ができるようにしている。


 「チェジュ=観光」という単純なイメージを脱皮するため、自治体の積極的な支援のもとで、2009年から大規模なスマートグリッド実証実験を行っている。ここにKTのWibroを追加して、電力使用もWibroで管理し、エネルギー使用パターンを分析して効率よく電力を使えるようにしてくれる「スマートホームエネルギーサービス」も始める。チェジュは過ごしやすい自然環境と、最先端のグリーンITビジネス環境の両方を取りそろえた島であることをアピールしようというのが「モバイルワンダーランド」構想の目的である。


 KTと同じくiPhoneを販売するSKテレコムも4Gを強調したCMを流し、一方、スマートフォンに出遅れ存在感が薄いLGU+は、LTEでどのキャリアよりも速度の速いネットワークを提供すると強調する。


このような中、新たな論点となっているのが周波数だ。


 WibroだけでなくLTEサービスも計画しているKTは、6月で2Gサービスを終了し、その周波数(1.8GHz)をLTE向けに使う方針だと発表したことがある。KTはこれまで、2Gを終了させるため、ユーザーに対し無料で3G端末やスマートフォンに機種変更させてきたが、それでもまだ2G加入者は100万人近く残っている。放送通信委員会は2G加入者が1万人以下になればサービスを終了してもいいとしており、このままではKTの計画通りにはなりそうにない。


 KTはLTE用に900MHzを確保しているが、欧米のキャリアが900 MHzのLTEにあまり投資をしていないため端末を確保するのも難しいと判断したのか、1.8GHzを狙っているのだ。放送通信委員会は、韓国で初めて行われる予定の周波数競売(2.1GHzの20MHz幅)に、KTが6月中に返納する予定の1.8GHzの20MHz幅を追加するかどうか検討している。


 LTEの場合、SKテレコムは800MHz、KTとLGU+は1.8GHzの周波数を使う。2.1GHzの場合は、SKテレコムが60MHz、KTが40MHzを持っているが、LGU+だけが持っていないため、競売といっても放送通信委員会がLGU+の肩を持つ可能性が高いのではないかと言われている。周波数が競売にかけられるとしたら、観戦ポイントは1.8GHzの20MHz幅をKTがまた持っていくのか、それともSKテレコムがKTには渡せないと新たに手を出すか、になりそうだ。


 というのも、スマートフォンが発売されてから、KTとSKテレコムはお互いをけなすCMを頻繁に流している。おかげで得をするのは米アップルだ。KTのCMもSKテレコムのCMも、iPhoneを楽しく使うためには自分たちの4Gが必要だと宣伝しているので、テレビをつけるとiPhoneのCMばかり流れているような気がするからだ。


 トラフィック暴走で4Gの早期サービス実施に周波数確保に必死になっているキャリア。この競争がアップルではなく加入者が得する競争になってくれるといいのだが。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年5月13日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110513/1031787/
.

9割引きも当たり前のソーシャルコマース、人気もすごいが被害も拡大

毎年20%近く物価が上昇している韓国。天候や原油価格高騰によるもので仕方ないというが、インフレは止まらない。そこで脚光を浴びているのが、50%値引きは当たり前というソーシャルコマースである。決まった人数が集まれば50~90%値引きされた値段で商品を購入できるというもの。

 韓国にもグルーポンが進出し、ソーシャルコマースサイトは雨後の筍のように急増している。携帯電話やスマートフォンの位置情報を利用して、近くで使えるソーシャルコマース商品券を案内している。中でも人気の商品は地元レストランのセットメニュー商品券。美容院、化粧品、不動産、会員権などありとあらゆるジャンルへソーシャルコマースが広がり、人気を集めている。ソウルから2時間ほど南に離れた天安市では、526世帯集まれば相場より500万円ほど安くマンションを分譲するというソーシャルコマースも登場して話題をさらった。


 ソウルの隣にある京畿道では、自治体がインフレ対策としてソーシャルコマースを積極的に利用するという「物価安定化支援政策」を発表した。6月より、自治体が運営する農産物オンラインショッピングモールをソーシャルコマースにして、売り手が直接商品を登録し、買い手が一定人数集まればスーパーで買うより30~50%値引きして販売するという。


 携帯電話加入者の3分の1がスマートフォンを使っている中、モバイル通信事業者3社もスマートフォンの機能をフルに生かせるソーシャルコマースに力を入れている。


 スマートフォンに出遅れてシェアが最も少ないLGU+は、4月25日より位置情報「+NFC」を利用したモバイル決済とソーシャルネットワーク、そしてゲームを合わせたショッピングを提供している。専用アプリをインストールしてからマップに表示される加盟店を訪問してショッピングすると自動的に位置情報を確認してポイントが積み立てられ、それをコンビニやファストフード店などで商品に変えられるというサービスだ。加盟店はまだ1000店ほどだが、年内に10万店突破を目指す。SKテレコムは会員登録をすると、ブランド物を50%以上割引して販売するソーシャルコマースを利用できるサービスを始めた。







LGU+が提供する「位置情報+SNS+ゲーム」を組み合わせたソーシャルコマース「Dingdong」。スマートフォンやタブレットPCから利用できる


閉店に追いやられる店も



 加熱する一方に見えるソーシャルコマースだが、ソーシャルコマースによって閉店を余儀なくされたというレストラン経営者のネット上への書き込みが話題になった。ソーシャルコマースで半額チケットを購入する人が予想をはるかに超えたため、最初は売り上げが伸びてよかったもの、割り引きで利益は少ないのに客が増えるので人件費が増える。すぐ赤字になり経営難に陥るレストランもあるという。ソーシャルコマース会社に取られる手数料も高く、店の意向とは関係なく数千枚の商品券を販売したため、殺到する客を対応しきれず不満ばかりネットに書き込まれ、結局店を閉めるしかなかったというところもあった。


 ソウル市電子商取引センターの調査によると、ソーシャルコマースサイトはこの1年間新しくオープンしたのが100サイトを超え、20代の60%が利用したことがあると答えたそうだ。ソーシャルコマースで購入したことがある商品はレストラン商品券、映画・エンタメチケット、ファッション雑貨、食料品・健康食品、美容の順だった。


 しかし購入経験者の26%は被害にあったことがあると答えた。広告と実際の商品が違う、ソーシャルコマースで購入した商品券を使う人だけ食事の量が少なく不親切にされた、払い戻しや返品を受け付けない、という不満が圧倒的に多かった。


 ブログやTwitterにはソーシャルコマース失敗談がよく登場するようになった。「ネイルケアの商品券を購入したところ、商品券を持っていることを伝えた途端に予約でいっぱいといわれた。有効期限が切れる前に予約できるだろうか」、「セットメニュー半額の商品券を購入したが、写真とは全然違うメニューで量も少なすぎ。これじゃ割引でもなんでもない」などなど。「ソーシャルコマースがっかり事例」を集めて紹介するサイトまで登場したほどである。


 韓国のソーシャルコマース市場規模は2010年に約400億円、2011年には600億円を超えると推定されている。海外勢のグルーポンよりも韓国ベンチャーが立ち上げたサイトの方が商品数が多く人気を集めている。このごろはソーシャルコマース業者があまりにも多いせいか、人気芸能人を起用したテレビCM競争が始まっている。商品よりも広告宣伝競争になってしまった。


 ネットでは既に「ソーシャルコマースに飽きた」、「グルメサイトのクーポンを利用して割引してもらう方が安心でお得」、「ソーシャルコマースと既存の共同購入ショッピングモールとの違いが分からない」といった声も多く客離れも始まっている。商品券を購入した後で問題が生じても、ソーシャルコマースサイトは「通信販売」ではなく「仲介」なので責任がないと言い逃れできるからだ。


 韓国の消費者権利保護団体は、「ソーシャルコマースはこの1年で急激に市場が成長したため、標準約款もなく業者の勝手に運営されている。商品券を販売してからサイトを閉鎖するところも多い。払い戻しやアフターサービスに関する約款を導入するべき」、「70%割引、90%割引という文字につられて注意事項を読まずに衝動買いしてしまうのも問題」だという。消費者がもっと賢くソーシャルネットワークを使って悪い業者に引っかからないよう注意すべきともしている。


 公正取引委員会は、米国のように韓国のソーシャルコマースサイトも電子商取引法を守るべきとして実態調査に着手したという。インフレ対策で家計にやさしいはずのソーシャルコマースが無駄遣いの元になっているとは。安くて便利で信用できるショッピングサイトに巡り合える日は果たして来るだろうか。


趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年4月28日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110428/1031571/

「7年間同じ管理者パスワードだった」銀行システムに大非難

2011年4月12日に発生した韓国農協銀行のシステム障害は、1週間を過ぎた19日時点でも正常回復できず、22日を目途に作業が進められている(前回記事参照)。貯金の引き出しや振り込みなどの業務は再開されたが、クレジットカード関連業務はまだ取引データ損傷により復旧が長引いている。1週間以上も続く銀行のシステム障害は韓国で初めてのことである。

 Twitterでは「農協」がキーワード検索上位にランクされているほど。「今日も友達の農協のクレジットカードが使えず、私がおごった。4日連続~」、「学生証と農協のクレジットカードがセットになっていて、使いたくないのに使うしかない。なんとかならないのか」、「農協のネットバンキング使えないの、私だけですか?」などなど、農協と取引している顧客の不満が呟かれている。


 システム障害の原因については、サーバー管理を委託している下請け会社のノートパソコンに1カ月も前からサーバーのプログラムを全て削除してシステムを破壊するよう命令が仕込まれていたことまでははっきりした。ところが、ハッカーからの脅迫がなかったため、誰が何のために仕込んだのか分からず、犯人捜査は難航している。


 当初、システム障害は外部からのハッキングではなく、システム管理委託業者である韓国IBMの職員が何かの間違いでプログラムを削除してしまったようだとされていた。しかし、IT担当職員約550人の中で最高レベルの管理者権限を持つ人はIBMと農協職員合わせて8人ほどしかおらず、委託業者の職員は作業をするだけで権限がないため削除命令を仕込めない。ファイルの削除命令は通常何段階もの内部統制を経てから実施されるのに今回は一発で削除が始まった。これは外部からのハッキングとしか考えられない、という結論に達している。


 検察の捜査結果では、外部からハッキングでノートパソコンを動かした形跡も見つかった。ところがもっと深刻なのは、3000万人もの顧客を抱える農協の管理者パスワードが7年近くも変更されないまま使われ続けたことであった。セキュリティ管理がどれだけ適当に行われてきたのかを象徴するようなもので、Twitterでは非難が相次いでいる。








1週間以上もシステム障害が続いている農協について、Twitterでは顧客の不満が後を絶たない。赤枠は「農協検索結果」を示す


 サーバーのプログラムを削除するようにした命令語は、たった5分で275のサーバーを破壊し、バックアップシステムも作動しないよう止めてしまうほど、とても緻密に作られた組み合わせであった。情報をコピーする命令ではなく全てを破壊するように仕掛けられていた。このことから、システム障害の裏でまた何かが仕掛けられているのではないかと心配する人も多い。


 農協は、4月19日に開かれた記者会見で、「高度な技術を持つ者によるサイバーテロ」が発生したとし、システム障害はあったものの「顧客情報が流出されるようなことはなかった」と何度も繰り返し強調した。システム障害による顧客の被害を全て補償するとしている。例えば農協の口座から振り替えできずクレジットカード決済代金やローン返済の延滞が発生した場合、延滞金は農協が払うというものである。延滞により信用等級が下落した場合は、その記録を削除する。


 金融会社への行政指導を行う金融監督院は、金融会社のITセキュリティ全般の点検、セキュリティ事故に対する体系的対応と再発防止のため「金融会社ITセキュリティ強化タスクフォース」を始めた。農協の内部でセキュリティ統制管理に問題はなかったのか、管理監督規定を守っていたのか、委託業者の管理に万全を期していたのかといった調査も始める。民間専門家はもちろん、国家情報院、国民IDといった個人情報を担当する行政安全部、情報通信政策を担当する放送通信委員会など、他の省庁とも協力する。


 また金融監督院は、2009 年から全金融会社に対してセキュリティ保護責任者であるCSO(Chief Security Officer)任命を勧告したが、農協はCSOがないままだったことから、金融会社のCSO実態調査も着手した。情報システム責任者であるCIO(chief information officer)とCSOを兼任、またはCIOがいればCSOはいらないと考える企業がまだまだある中で、CSOの業務を独立させ権限を与えることで、金融会社のセキュリティ事故の再発防止を狙う。


 これは、今後このような事態が発生した場合は厳しく責任を追及するという政府の意思を表すものと分析されている。金融監督院は、これからCSOのいない金融会社に対してはセキュリティ体制が万全でないとして経営実績評価に反映するとしている。


 国会は金融会社のCSO任命を義務化する「電子金融取引法一部改定案」を発議した。「ハッキングや情報流出が毎年のように繰り返されているが、そのときだけ慌ててセキュリティに投資してまたすぐ忘れる。金融会社の信頼性を確保するためにも責任と権限があるCSOは必要だ」というのが改定案の趣旨である。


 銀行やクレジットカード会社では、IT部署とは別に情報管理と保護を専門とするセキュリティ担当部署を急いで新設している。東日本大震災の影響から、災害時のセキュリティ・情報保護・システム復旧体制を整えることも注目されているだけに、情報システムとセキュリティの専門家を確保するための競争が始まりそうだ。これもまた一過性のイベントで終わってしまわないといいのだが。




趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年4月21日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110421/1031393/

繰り返されるハッキングと脅迫、韓国で金融システム不安広がる

2011年4月10日、韓国消費者金融業界1位の現代キャピタル(現代自動車系列)のシステムがハッキングされた。これにより、全顧客180万人の23%にあたる約42万人分の住民登録番号(国民ID)や氏名、電話番号、住所といった個人情報、ローンカード番号と暗証番号、信用情報(どこでいくら融資してもらっているとか断られたといった記録による信用等級)がハッカーの手に渡った。

 ローンカードは暗証番号が流出したとしても、カードそのものがないとお金を引き出せないので大丈夫だというが、住民登録番号や電話番号といった個人情報が盗まれた人の中には、さっそくいろんな消費者金融からお金を貸してあげるという電話やショートメッセージが届いているという。


 警察の捜査によると、ハッカーは現代キャピタルを脅迫して受け取った1億ウォン(約80万円)を、ソウル市内とフィリピンで引き出していた。サーバー攻撃もフィリピンから行われていたため、インターポールにも捜査を要請したという。


 現代キャピタルへのハッキングは2月から続いていたが、4月7日になってハッカーから脅迫されるまで全く気付かなかったという会社側に説明に、唖然とするばかり。他の消費者金融会社は次々にシステム点検を始め、セキュリティに異常なしと発表している。


 現代キャピタルへのハッキングは「Blind SQL Injection」という方法だと推定される。自動的に攻撃を繰り返し、データベースの情報を盗み出すというもので、同社はデータベースの暗号化をアップグレードしていなかったために、簡単に盗まれたという。


 警察のサイバー捜査隊によると、韓国では2008年から、これと同じ手法によるハッキングと脅迫が繰り返されているにもかかわらず、「お金がかかる」からと何の対策も取らないでいる企業が多いとして、今度こそはデータベースの暗号化、セキュリティ強化に深刻に取り組んでほしいとしている。


 政府機関である金融監督院も特別監査に着手し、現代キャピタルが政府のIT監督基準を順守していたのか確認するとしている。金融機関全般のハッキング対策体制を点検すると発表したその次の日、今度は農協銀行のシステムが止まった。これもハッキングによるものではないかと緊張が走った。


 4月12日午後5時ころから農協銀行のシステム障害が発生し、ATM、ネットバンキング、モバイルバンキング、テレフォンバンキング、さらには窓口の利用も止まってしまった。みずほ銀行のシステム障害に関するニュースがここで大きく報じられたばかりなので、事態が長期化するのではないかと恐れた顧客達が朝から農協店舗の前に集まり焦っていた。銀行のATMが数時間利用できなくなることは以前もあったが、システム障害によってATM、ネットバンキング、窓口まで全て利用できなくなる今回のケースは、初めてのことである。








農協銀行のWebサイトとシステム障害に対する謝罪文


 徹夜で復旧してみたものの間に合わず、13日の昼から20時間ぶりに窓口営業と他の銀行のATMから農協のキャッシュカードを使ってお金を引き出せる業務だけが再開された。ATM手数料は後に払い戻しされるという。その他のサービスは14日中には解決したい、というだけで見通しが立っていない。


 ソウル市内にはいろんな銀行があるので農協の看板をあまり見かけないが、ソウル郊外から地方に行くほど、銀行業務は農協に頼っている。農村、漁村に行くと、銀行といえば農協か郵便局しかないところが多い。自治体の取引銀行もほとんどが農協となっている。


 13日昼時点で発表された障害の原因は、ハッキングではなく「内部者のプログラム操作によるサーバー機能障害」であった。運営システムに問題があり、それを直す途中でシステム障害が発生した。電算センター内部と外部を中継する運営ファイルが削除されたのが原因だった。


 誰かがメインサーバーと全国のシステムを連結するプログラムファイルを削除したためと判明しても、災害復旧システムも稼働せず、どのプログラムが削除されたのかはまだ分からないという。しかも、ファイルを間違って削除してしまった場合にはバックアップできるが、意図的に削除された場合はシステム復旧までに相当な時間がかかるという。


 それに、誰かが内部の人を利用してシステム障害を発生させた、または電算センターのサーバーにアクセスできるパソコンをハッキングして、障害を起こすようファイル削除を命令するプログラムを仕掛けたということも考えられる。ハッキングではない、と断定できないのだ。


 ネットでは「農協のカードもエラーになって、バスにも地下鉄にも乗れず、現金もなく、途方に暮れている」、「農協のカードが使えず、何も買えず、何も食べられず、ダイエット中」という書き込みがあった。


 韓国はクレジットカードが後払い式の交通カードにもなっていて、プリペイドでチャージしなくてもバス、地下鉄、電車、タクシーを利用できるようになっている。コンビニでも1000ウォン(約80円)以上であればクレジットカード払いできるため、現金を持ち歩かない人が多い。


 ATMで振り込みできないのも大問題だが、カードを使えないのがもっと怖い。未成年者の場合はチェックカード(日本でいうデビットカード)を作りクレジットカードと同じように使っている。チェックカードの場合、交通カード機能はプリペイド式になり、これもシステム障害によって使えなくなっている。


 ひどいのは、農協を詐称し、システム障害のため個人情報を入力し直す必要があるとして口座番号やカード番号、暗証番号などを聞く電話詐欺まで起こっていること。そういう話を聞くと、常に人を疑わないと生きていけない世の中になったような気がしてしまう。


 金融機関へのハッキングも繰り返され、銀行のシステム障害も繰り返されている。少しずつセキュリティに投資をしてあらかじめ確認していれば予防できたものを、事件が起きてからあわてて大規模な資金を投入してシステムを直す。そしてまた放っておいて、事件が起きてからまた莫大な資金を使って直す。この繰り返しを断ち切らない限り、まだ被害のない企業でも、ハッキングの標的になるのは時間の問題だろう。


趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年4月14日

Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110414/1031287/

震災で大活躍したスマホアプリは憎き敵!?

東京に住む韓国人のネットコミュニティで、東日本大震災の時にどこで何をしていたのか、どんなことを感じたのかといった書き込みが続いている。

 中には東京に到着した2日目に震災にあい、「日本は地震が多いと聞いていたので、これぐらいの揺れは年中あるのだと思った」という留学生もいたほどである。「地震の後どうしたらいいのか分からなくて、余震の度に怖くて、わざわざ避難所に行って帰宅難民と一緒に夜を明かした」という女性もいた。韓国には地震がないというのが前提になっていて、学校でも会社でも地震が起きたらどうすればいいのか、訓練などしたこともないからだ。月に一度、北朝鮮が攻めてきたときを想定した避難訓練があるが、サイレンが鳴ると、車の中にいる人は運転をやめてその場でストップ、歩いている人は近くのビルの中に隠れるというものなので、地震のときは全く役に立たない。


 今回の大震災では、東京に長く住んでいる人も、来たばかりの人も、共通しているのは「スマートフォンを持っていて本当によかった!」という書き込みであった。4月の新学期を前に東京に到着したばかりの留学生の中には、韓国にいる家族や友達からスマートフォンに送られてきたメッセージを見て深刻な事態であることを知ったという人が多かった。


 電話も通じなくなり、当然のことであるが国際電話も使えなくなった。海底ケーブルが損傷したそうで韓国やアメリカのWebサイトにアクセスできなかったり、速度が極端に遅くなったりしていた。3月11日から2日間ほどは、パソコンから韓国のポータルサイトにアクセスしてメールを送ろうとしたが、なかなかつながらずにあきらめるしかなかったという状態が続いた。


 そんな中で活躍したのがスマートフォンの無料メッセンジャーアプリ「カカオトーク」。米ウォールストリートジャーナルは3月30日付の記事で、東日本大震災で活躍したアプリとしてカカオトークを紹介していた。


 カカオトークは1000万ユーザーを突破した韓国を代表するアプリの一つで、無料で使えるモバイルメッセンジャーアプリ。パソコンでよく使われるインスタントメッセンジャーを、スマートフォンでも楽に使えるようにしたものだ。加入者同士でメッセージ、写真、動画などを無料で送受信できて、グループチャットは韓国語、日本語、英語の3カ国語に対応する。







カカオトーク(日本語のWebサイト)。iPhone/Androidとも使える

3月11日には日韓の間で国際電話使用量が一時期通常の91倍にまで急増してつながらなくなったが、カカオトークとインターネット電話、TwitterといったSNSは問題なくつながり、緊急連絡の手段として大活躍した。当時東京にいた韓流スターらもカカオトークで韓国にいる事務所に連絡をしたり、ビジネスマンらもカカオトークを使って他の社員と連絡を取り合ったりしたとTwitterでつぶやいた。

 カカオトークによると、3月11日は2億件以上のメッセージが送信され、その後も1日平均1億8000件ほどのメッセージが送信されているという。3月11日にはたった1日で日本地域の加入者が2万人近く増え、海外ユーザーが増えたことから予想よりも早く1000万ユーザーを突破した。

カカオトークは韓国でスマートフォンを買ったら真っ先にダウンロードするアプリとして人気を集めている。米グーグルやマイクロソフトなどからもメッセンジャーが出ているが、一目で分かる使いやすさと、SNSとチャットの両方の機能を持っていること、チャットの途中でアプリが落ちたりしないことも人気の秘訣である。韓国のスマートフォンユーザーは2011年末に人口の約4割に当たる2000万人まで増加すると予測されているため、カカオトークのユーザーも同じぐらい増えると見込まれている。


 ここまで人気のアプリであるが、モバイル通信事業者からは目の敵のようにされている。これら通信事業者が提供するショートメッセージを使うと、40文字で20ウォン(約1.6円)、写真や動画を送信するマルチメディアメールは1件30ウォン(約2.4円)の料金がかかる。それがカカオトークだと3GやWi-Fiといったモバイルインターネットさえつながっていれば無料になる。カカオトークから送信されるメッセージ分を金額で換算すると1日2億件×20ウォンで40億ウォン(約3億2000万円)。かなりの金額である。


 通信事業者からするとこの分の売り上げは減り、逆に大量のデータトラフィックだけを誘発することになる。それゆえカカオトークは憎い相手に違いない。特定アプリのトラフィックによってネットワークが遅くなったり問題が生じたりする場合でも、その責任は彼らに回ってくるからだ。


 3月末にはカカオトークのアクセス制限や有料化を検討するべきとSKテレコムが話したことから、スマートフォンユーザーが猛反発して結局なかったことになった。ただ、トラフィックに相当な負荷がかかっているだけに、この手のモバイルメッセンジャー対策を急いでいるという。


 カカオトークの場合、ユーザーはログイン状態を保つために、中央サーバーに絶えず信号を送る。10分に一度、280バイトほどの信号だが、これが1000万人分となれば通信事業者にとっては相当な負担となる。通信事業者からすると「莫大な資金を投資したネットワークをただ乗りするアプリ」なのだ。


 一方、ユーザーにとってはスマートフォンを買うと専用料金制度に加入しなければならない。ほとんどのユーザーが「3Gネットワーク使い放題+Wi-Fiは無料」の料金制度を選ぶので、「毎月10万ウォン(約8000円)近い料金をもらっていながら、メッセンジャーぐらいで経営難を訴える通信事業者の方がおかしいではないか」と、どうしてカカオトークを名指しして騒ぐのか分からないという反応も多い。ネットワークさえつながれば無料で利用できるカカオトークのようなメッセンジャーは、ユーザーにとってはありがたいサービスだからだ。


 放送通信委員会の移動通信データトラフィック推移をみると、2010年1月に449TBだったのが2011年1月には5463TBと11.2倍も増加しており、このうち91%をスマートフォンが占めるという。さらにスマートフォン加入者のうち10%が90%のデータトラフィックを占めるということも発表されている。


 カカオトークはこれから音声チャット機能も追加するとしている。ポータルサイトが提供するメッセンジャーの場合は既にスマートフォンから音声チャットも利用できるようになっている。音声まで無料で使えるようになれば、通信事業者の通話料売上はさらに落ち込み、データトラフィックは今以上に問題になる。通信事業者とアプリのデータトラフィック論争は、これからが本番である。


趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年4月7日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110407/1031159/

世界一電子化した行政システムも後手に回る災害対策

東日本大震災は韓国にたくさんの課題を提示した。防災対策や原発問題だけでない。自治体の業務継続態勢やデータ保護、公的災害情報提供、災難時の統合指揮無線通信網構築、国家機関による災害復旧コントロールなど、必要だけど「予算がない」を理由に韓国政府が今まで後回しにしていた災害関連システム構築に拍車がかかりそうだ。

 韓国では震災後の日本の状況や復興に関するニュースが毎日報道されている。津波で自治体の戸籍データが消失した、電話が通じないので政府もソーシャルネットワークサービスを活用して情報を提供している、アクセスが集中する公的災害情報サイト向けにクラウドサービスを無償で提供する企業が増えている――といった日本発のニュースに「韓国は大丈夫なのか」と不安に思う国民が増えていることから、中央政府や自治体の災害対策について特集を組むメディアが出てきている。



政府・自治体が持つデータのバックアップをどうする



 韓国は電子政府、電子自治体を早期に導入した。国民に対しては、政府統合電算センター(政府機関ごとのシステムを集めた場所。大田と光州の2カ所にある)にデータは保存されている、万一災害で紙の戸籍が消失したとしても住民登録されている国民のデータはちゃんとここに残っているから大丈夫、とされてきたが、実はそうでもないという問題提議が相次いでいる。


 電子政府や電子自治体のデータをより安全に保存するため、政府バックアップセンターが2009年に計画されたものの、立地選定と2000億ウォン(約160億円)規模の予算を確保できなくて2011年の今でも計画段階に留まっているからだ(大田と光州の政府統合電算センターが災害で動かなくなった場合に備えて第3のセンターにバックアップセンターを計画)。


 今すぐ予算が付いたとしても、バックアップセンターが稼動するのは2015年以降になるという。その間に韓国で大規模な地震や北朝鮮の攻撃があった場合は、データの安全は保障できないというのだ。韓国の面積は日本の3分の1ほどしかなく、人が住める平地も少ないため、データセンターが互いに離れているとしても距離は近い。複数のセンターに保存して安全性を高めるしかないのかも。



電子化行政の落とし穴



 韓国は国連が選定する電子政府評価1位、ブロードバンド普及率も1位であり、行政機関も民間企業もほぼすべての仕事が情報システムの中だけで行われる。エコのためにどんどん「紙」をなくしているので、生活全般におけるICT依存率も世界一かもしれない。情報システムのおかげで、何もしなくても自分に払い戻される税金が自動計算されて口座に振り込まれるほどである。


 ICT依存が高いと電力確保が重要であり、政府統合電算センターは無線電源供給装置、非常発電装置を備えている。問題なのは、政府統合電算センターにつながっていない、散発的に構築された行政システムもまだまだ残っている点である。日本でも政府の電子政府とは別に電子自治体が構築されているが、自治体でデータセンターを持つだけでなく、政府のセンターとバックアップセンターにも保存し、連動することで、万一に備えることも考えなくてはならないだろう。韓国では2009年からチェジュで実証実験が始まったスマートグリッドも再び注目を浴びている(関連記事)。


 一方、民間データセンターは耐震とバックアップ態勢をアピールしている。韓国のサムスンSDS、LGCNSといった大手のデータセンターは遠距離地点で災難復旧センターを運用し、二重のデータバックアップを行う。2009年以降データセンターや基地局などは耐震設計が義務付けられていることから、震度8~9の地震でも耐え、衝撃を吸収して電算装備を保護できるという。


警察・消防・軍の災害復旧システムに互換性を



 データ保存のほかにも急いで改善すべき点はまだある。


 行政機関も民間機関も、震災後から中断することなく組織を動かすための災害復旧計画(DRP、Disaster Recovery Plan)と業務継続計画(BCP、Business Continuity Plan)に関してシナリオを明確にするための点検を始めた。しかし、遅々として対応が進まないところもある。


 自治体ごとにある総合防災センター。自家発電で非常事態に備えるが、防災センターに耐震設計がされていないので、大地震が起こればセンターそのものが倒壊してしまう可能性があるという。バックアップシステムがない、非常用の食料と水がないので職員がセンターの中で閉じ込められたら大変、という基本的な問題があることも指摘されている。それらの問題を認識していながらも、「予算がない」という理由で後回しにされてきた。


 復旧業務を担当する警察、消防、軍のシステムも改善を急いでいる。災害復旧支援システムが個別に構築され、相互運用できないという問題があるからだ。


 例えば電話やネットが通じなくなる緊急事態が発生した際に、警察と消防と軍の無線通信方式と周波数が違うので、うまくコミュニケーションできずに右往左往する可能性もある、ということである。災害が発生すると真っ先に現場に向かう警察、消防、軍が直接連絡を取り合って、リアルタイムで作戦を練り指示を出せる協調体制が取れないようでは、被害を大きくするだけだ。


 そのため2003年から中央政府の災害安全無線通信網である「統合指揮無線通信網」構築が議論されてきた。しかしこれもまた「予算がない」という理由で未だに議論の段階のままである。


 東日本大震災は「政府の信頼性」という問題も浮き彫りにした。調べれば調べるほど災害対策がはっきりせず、「予算がない」とばかり言う我が政府に韓国民は不安を感じるしかない。


 いつどうなるか分からないのが災害である。電子政府でこんなサービスも使えます、こんな情報も提供しますというパフォーマンスもいいが、基本的なところをしっかりしてくれない政府を信頼できるだろうか。社会のためのICT利活用、社会保障としてのICT利活用について今こそ真剣に議論すべきときだ。




趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年4月1日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110401/1031030/