[Announcement] 新潟県IT&ITS推進協議会 ブロードバンド普及セミナーを開催

新潟県ITITS推進協議 ブロドバンド普及セミナ開催


本紙コラム執筆者 章恩さんが講演


 


 新潟県ITITS推進協議はこのほど、「IT先進・韓国ぶ~BB(ブロドバンド)事情うらおもて~」とするITフォラムを開催4まで本紙コラム「ソウルの街角から」をした趙章恩JIBC(ジャパンインタネットビジネスコミュニティ)会長(=写真)が基調講演最新IT事情などを紹介した。新潟県200311月末現在で、ADSLおよびCATV(ケブルテレビ)によるブロドバンド帯普及率19%にとどまっている。学官構成する同推進協議主宰する新潟県は、今年1に「新潟県ブロドバンドネットワ構想」をまとめ、05のブロドバンド普及率50%にめることを目指している。


 


 今回、そうした推進活動一環としてJIBC会長いて最新ブロドバンド状況について講演とパネルディスカッションをいた。基調講演JIBC会長は、「オンラインゲムで普及したブロドバンドネットワクは、えるまでになった」とし、4国総選挙では「個人のホムペジを候補者80%が当選した」など、インタネットが国政左右するまでになっているとった。また、のテレビがドラマの有料ネット配信収益げている実情や、新聞社有料紙面PDFファイル配信無料のニュ配信わせている事例えながら、では「自己顕示欲いので、ブログやHOMPY急速普及している」ことや、インタネットマンションの建設増加していることを紹介


 


 「では、ブロドバンドを使って『まず、やってみよう』というのが普通」と日常にブロドバンドが浸透しており、「ちゃんがまれるとわるかわらないうちにマウスをらせる。インタネットなしではらせない」などとユモアをえながら状況紹介した。パネルディスカッションでは、張鉉洙・新潟県国際交流員が、「新潟県てみて、ADSLんだが開通まで2週間かかっていた。ならば1利用できるようになる」と指摘した。


 


 また、李欣洙セコム上信越先任研究員はインタネットセキュリティのから、「インタネットの普及でネット犯罪増加している。プロバイダはユるだけでなく、ユ教育められている」と、普及とともに教育重視必要性えた。また、飯塚留美・国際通信経済研究所上級研究員は、でブロドバンドのコンテンツ配信普及している状況について、「テレビ発言力く、著作する意識う」などと文化いについて言及した。


 
BCN This Week 200467 vol.1042 掲載]  Link

「皇帝」イム・ヨファン入隊で浮上した「プロ」ゲーマー徴兵問題

韓国オンラインゲーム業界の生き証人、プロゲーマー「イム・ヨファン」選手が遂に空軍へ入隊した。イム・ヨファン選手は韓国では知らない人のいない超有名人、数々の広告に出演し、年俸は契約金だけで3年間8億ウォン(約1億円)、百科事典にまでその名前が掲載されている。

 1980年生まれでまだ26歳なのにすでにプロゲーマー暦7年、現在移動通信キャリア最大手であるSKテレコムのプロチーム「T1」に所属している。一時期スランプはあったものの、長い時間トップも守り続けた。身長180Cm、体重70Kgとほっそりした美少年が、表情一つ変えず一心不乱にマウスを動かし敵をとことん攻める勝負根性の強いゲームスタイルから男性ファンはもちろんのこと、サッカー選手や芸能人以上に女性ファンを抱える大物スターだ。ファンサイト会員数はそこらへんのアイドルより多い70万人、プロゲーマー初の2億ウォン年俸(約2500万円)、史上初StarCraft(対戦型戦争ゲーム)リーグ戦決勝進出10回といった華々しい記録の持ち主でもある。


徴兵免除を求め署名運動も


 入隊前の最後の試合となった第1回スーパーファイターズ大会には1万人の観客が殺到し、ネットとCATVのオンラインゲーム中継専用チャンネル3社から中継され、800万人以上が観戦している。オンラインゲーム中継は地上波の民放でも金曜日の夜よく放映される人気番組で、アナウンサー、解説者がまるでサッカーやプロレス、K1の中継のように、選手のマウスの動き一つ一つを中継し、各選手の特徴や戦略を解説する。解説者が解説の途中に立ち上がったり、怒り狂ったり、選手より自分が燃え尽きて最後には声が出なくなるという珍事も日常茶飯事だ。


 韓国国籍を持つ男性なら避けて通れないのが徴兵制。有名人だからといって例外はない。だが、イム・ヨファン選手の入隊はファンはもちろん、オンラインゲーム業界を巻き込んでの議論となった。


 サッカー選手はワールドカップベスト4、野球選手は金メダル、囲碁棋士は世界大会で優勝すれば徴兵が免除になるのに、韓国オンラインゲーム産業を支えるプロゲーマーたちは世界大会で何度も優勝しているのに、どうして徴兵を免除してもらえないのか、とファンを中心に署名運動が始まり、プロゲーマーを管理している韓国Eスポーツ協会も動き出した。一部では「戦争ゲームに強いんだから軍のスペシャリストとして活用すべきだ」、どいった「?」な意見まで登場し、オンラインゲームに詳しくない年配者までも「プロゲーマーとはそんなにすごい人たちだったのか」と関心を持つようになった。


 そこで妥協案として国防部が出した意見が、プロゲーマーを一般兵士ではなく「空軍電算特別技術兵士」として選抜するという案だった。「空軍電算特別技術兵士」になれば基礎軍事訓練後、空軍本部中央電算所に配置され、軍事用シミュレーションゲーム開発テスターとして活躍することになる。さらには、兵士たちのEスポーツ関連同好会に参加し、兵士達を楽しませやる気を沸き起こすとても重要な(!)役割を果たすことも期待されるというわけだ。


 プロゲーマーもスポーツ選手以上の人気と地位を獲得しているため免除対象にするべきという意見と、プロゲーマーまで軍免除の対象になるなら「サラリーマンだってインターネット検索は上手いぞ!プロゲーマーぐらいの電算技術は持っているはずだ!」と主張する意見が対立し、大騒ぎとなった。


 が、結局、イム・ヨファン選手は免除にならず空軍電算特別技術兵士として10月9日入隊した。


Starcraftがなぜ国民的人気を集めたか


 ここで韓国の徴兵制について簡単に説明すると、韓国男子は18歳~30歳の間に身体検査を経て、現役といわれる陸軍兵隊または区役所の雑務や地下鉄駅構内で酔っ払いを運び出し、満員電車の中に乗客をぎゅうぎゅう押し込む役割をする公益要員のどちらかで2年3カ月間軍人として生活することになる。産業特例要員といって工学関係の資格証を持つ人を対象にベンチャーや研究施設で3年間働かせる特別処置もある。もちろん健康でない人は軍を免除される。


 でも青春の2年3カ月を軍で過ごした恨みは想像以上で、学閥以上にどの部隊出身なのかは男性同士の重要な話題になっている。もちろん、履歴書にもちゃんと書かなくてはならないし、軍を除隊したか免除された人だけが採用対象になる。軍を免除された人は「神の息子」と憎まれ、仲間はずれにされるのがおち。自分が軍でどれだけ活躍したかホラを吹く男性は後を絶たず、軍の話になると自動的に「はいはい、あんたも海軍の特攻隊でタンクを自ら運転して北朝鮮を攻めたんでしょう」とうんざりする女性も多い。


 この国民のほぼ半数が持つ軍隊経験は他の国ではあり得ない事例を生み出した。StarCraftというアメリカBlizzard社の戦争ゲームの爆発的人気とStarCraft対戦のためにブロードバンドに加入し、ADSL大国になったことだ。


 StarCraftはそれぞれ武器や能力に特徴がある3つの種族「テラン」、「ジョグ」、「プロトス」から種族を選び対戦することになる。対戦相手はPCではなく、ユーザー同士となるため、勝負の進み方に決まったパターンがない。また戦争のためのマップを素早く把握し、敵がどこにいてどのような戦術で攻めてくるかを先回りしてキャッチした方が勝ちだ。グループでの戦いなので参加者同士のチームワークが当然、重要。


 つまり、同じチームを組んだメンバーにてきぱき指示を出し、ゲームを勝利に導ける、軍隊経験を自慢できるとっておきのゲームというわけ。 StarCraftの人気のお陰で子供の遊びとして扱われたオンラインゲームは韓国を代表する産業に成長し、まったく新しい職業である「プロゲーマー」を登場させた。


 ちなみにイム・ヨファン選手のニックネーム「皇帝」もStarCraftに由来する。彼がプロゲーマーの中では初めて、StarCaftの種族の中でもくせものである「テラン」を自由に操り勝利したことがきっかけだ。これを機に「テランの皇帝」と呼ばれるようになり、何度も優勝していることからそのまま「皇帝」がニックネームとなった。そんな彼は、ゲームの世界から軍隊の世界へとこれから2年3か月を費やすことになる。



(趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2006年11月7日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/NPC/20061107/252718/

第05回:三国時代のトレンドをリードした高句麗人


予習してさらにハマる太王四神記

【第五回】

三国時代のトレンドをリードした高句麗人




高句麗人はおしゃれ好き



高句麗人は、中国や百済、新羅でも有名なおしゃれ好き民族だったそうです。まずは衣装からチェックしてみましょう。歩くのが走るように速かったという高句麗人は、馬に乗って大陸を走り回った民族でもあります。服も馬に乗りやすいよう活動性が重視され、動くのが楽なバジ(パンツ)とチョゴリ(上着)が男性の基本衣装でした。男性でもチマ(スカート)を着た中国人とは違い、高句麗は北方遊牧民のようなパンツ(ズボン)を好みました。女性たちはギャザースカートとセクドン(韓服のデザインによく使われる色とりどりの布をストライプ柄にパッチワークしたもの)スカート、ドット柄スカートなど多様な模様のものを好みましたが、時には楽なパンツもはきました。また上着は派手な文様が飾られたドゥルマギ(韓服のコート)を着ました。


高句麗ではシルクの錦繍が生産され、毛皮、皮、麻、綿など衣服材料も豊富に利用して、美しくて楽に着られる服が作られていました。染色技術が発達していたため、王室や貴族はもちろん、奴婢までも色と柄が派手な衣装を着たという記録があるほどです。皮で作り金の飾りをしたベルトや、色んな種類の帽子も身につけていました。王様はとても大きくて華麗な金の王冠をかぶったといいますから、かなりの派手好き民族だったようです。高句麗建国神話をドラマ化した『朱蒙(チュモン)』でも、出演者らが「衣装や王冠が派手できれいなのはいいけど、重すぎて頭がくらくらする」と愚痴をこぼしたそうです。体力がないとおしゃれもままならないのかもしれません。



ヘアースタイルにもこだわった高句麗人



男性のヘアースタイルは、きれいに整えたサントゥ(髪を束ねて頭の上に棒のように載せたちょんまげのようなヘアースタイル)でした。その上に身分や職業を象徴する帽子をかぶり、鳥の羽を飾るのが当時のトレンドだったそうです。『太王四神記』のペ・ヨンジュンは長い髪を後ろに留め、風にふわふわなびかせるスタイルですが、映画『スキャンダル』で見せてくれたあのサントゥのほうが、より歴史的事実に近いんですね。でも後期になるにつれ、男性でも長い髪をなびかせながら狩りをする絵が残っているので、ヨン様を通して高句麗人の色んなおしゃれを見せてほしいものです。


女性は鬢下垂(ビンハス)といって、髪を後ろに留めては耳の横だけ一筋長く横髪を垂らすヘアースタイルが好きで、壁画にも残っています。このヘアースタイルは顔が細く見えると、百済や新羅の女性達も真似をしたそうです。また貴婦人達は自分の地位をアピールするため、部分かつらで優雅なアップスタイルを好み、金の飾りも多くつけました。また、頭の上と横に髪で3つのおだんごを作り、後ろはストレートに垂らしたり、二束に分けて三つ編みにした髪を楕円形に結ぶといった凝ったスタイルなど、あれこれアレンジするのが大好きだったようです。壁画には侍女もヘアーバンドのようなものをしていたり、毛先が外側にはねたポニーテールだったり、それぞれ身分に合わせて精一杯工夫し、おしゃれの手を抜きませんでした。「この頃の高句麗ではこういうスタイルが流行っている」など、高句麗の流行トレンドを調査した中国の記録も残っているそうで、高句麗人はおしゃれのお手本だったんですね。





  • ヘアースタイルを鬢下垂(ビンハス)にした高句麗時代の女性。



三国時代からおしゃれ上手だった韓国女性



また、お化粧が本格的になってきたのも高句麗時代からでした。それ以前は豚の油を塗り肌を守る程度だったのが、女性達は花びらを蒸して粉にしたものを油で溶いて塗る紅を使い、顔は白く眉毛も墨でくっきり描きました。おしろいは花の種、米、真珠を粉にしたものが使われていました。壁画で見ると、眉毛を細く長く描く人もいれば、短く太く描いている人もいたりと色々ですが、口紅は大体自分の唇より小さく塗るのが流行っていたようです。目の周りだけアイシャドーを塗ったように明るくするメイクもしていました。高句麗は寒い北の国なので、口紅を塗らないと唇が荒れてしまうという気候の問題も、お化粧が早いうちから普及した理由だそうです。頬も血色のいい顔にするため頬紅を塗りましたが、顔の印象をよくし、手相ならぬ「観相」をよくするためではないかという説もあります。


高句麗の僧侶「曇徴」(ダムジン、紙と墨を作る方法を日本へ伝播し、法隆寺の金堂壁画を描いたことでも有名な方です)が610年(推古天皇18年)に日本へ渡るとき、紅が入った器を持参してプレゼントしたのをきっかけに日本でも紅を塗り始めたという記録があります。新羅では色白がカッコいいと貴族男性も女性の真似をしておしろいを塗ったほど、高句麗を含め百済、新羅の三国時代から韓国の女性は身だしなみをとても大事にしていたことがわかります。


香も高句麗王族のおしゃれには欠かせないものでした。『太王四神記』でヨン様が愛する女性スジニに贈る香を商品化した香水が発売され、話題になってます。高句麗王族は、香りがする植物のエキスや香木を入れたお風呂に入ったり、服に染み込ませていつもいい香りが漂うように気を使っていました。


韓国の夏の風物詩「ボンスンアムルドゥリギ」は、お化粧というよりは赤い色を身につけるとお化けが寄り付かないという呪術的な意味で、高句麗時代から流行っていたといいます。ボンスンアムルドゥリギは、鳳仙花の花びらと荒い塩をついて混ぜ合わせたものを爪の上に載せ、鳳仙花の葉っぱで巻いて糸でとめて数時間置き、爪をピンクのような赤に変えるもの。鳳仙花は韓国どこでもよく咲いているので、最近でも夏になると爪を赤く染める女性や子供をよく見かけます。初雪が降る日まで爪に鳳仙花が残っていると、運命の人に出会えるというおまじない付きのイベントでもあります。おばあちゃん達の間では、水虫に効果がある(!)と足の爪を染める人も多いようです。日本にも鳳仙花は多いので、今年の夏はボンスンアムルドゥリギに挑戦してみませんか? 赤く色が濃い花びらを集めるのがポイントです。


ドラマ『太王四神記』に登場する女性たちも、壁画に残っていたあの髪形で登場するかもしれません。ダムドク(ペ・ヨンジュン)を間に、微妙な関係になるスジニとキハが繰り広げるおしゃれバトルも楽しみですね。

   – BY  趙章恩

Original column
http://ni-korea.jp/entertainment/essay/index.php?id=05

第04回:太王四神記を見る前に知っておきたい高句麗人の精神


予習してさらにハマる太王四神記

【第四回】

太王四神記を見る前に知っておきたい高句麗人の精神






三国時代、最強だった高句麗



高句麗は早くから周辺地域を征腹することに力を注いできました。仏教を受け入れ、国家の教育機関を建てて人材を養成することにも力を入れました。国家としての強い基盤を作った高句麗は『太王四神記』の主人公である広開土大王(グァンゲトデワン)と、その次の王様である長寿王(ジャンスワン)の時代に、全盛期を迎えます。広開土大王は満洲まで領土を大きく広げ、長寿王は都を今の北朝鮮の首都である平壌(ピョンヤン)に移しては朝鮮半島の南へ領土を広げ、百済と新羅を脅かしました。


三国時代、最も強かった高句麗は、何度も続いた中国の侵略を退けましたが、その中でも有名なのは乙支文徳将軍(ウルチムンドク、敵の意表をつく大胆な知略で勝ち続け、詩文にも優れた韓国人なら誰もが知っている名将)が、中国の統一王朝である隋の侵略を退けた「薩水大捷(サルスデチョプ)」や、梁萬春(ヤン・マンチュン)将軍が645年唐の50万兵士の侵略を安市城(アンシソン)でわずかな兵士で退け、唐の太宗がヤン将軍の勇猛さに感嘆し絹をプレゼントしたという記録を残した戦いです。


高句麗建国神話をドラマ化した『朱蒙(チュモン)』と同じ時期に放映された『淵蓋蘇文(ヨンゲソムン)』も、高句麗と中国との戦が見所ですが、『淵蓋蘇文(ヨンゲソムン)』は高句麗後期、王を殺して大莫離支(デマッリジ、今の総理のような最高指導者)になった人で、唐との戦いに負けたことがありませんでした。





高句麗軍の強さの秘密は死生観にあり!?



戦争に勝ち続けた高句麗は、中国東北地方の大帝国に成長します。高句麗が何十倍もの兵士と力のある中国に勝てた秘訣は何だったのでしょうか。


中国はその国土の大きさや人口の多さから、他の国に比べ圧倒的に多い数の兵士を動員できました。もちろん戦争は「将兵の数が多い方の勝ち!」というわけではありませんが、中国の歴史を振り返ると、人海戦術で負けたことがほとんどありませんでした。でも、中国は高句麗との戦争には、ことごとく敗れています。高句麗が中国に立ち向かい勝利できたのは、中国より優秀な武器があったのと、山城を活用した戦術のおかげといわれています。


しかし最も重要な理由は、高句麗人の生と精神にあります。高句麗の遺産の中でも最も印象的なのは、幾多も残っている墓の壁画です。エジプトや他の国の壁画と比べ、高句麗古墳の壁画は性格が全く違います。


驚いてしまうのは、壁画の登場人物がみんなとても明るく表情が豊かで、歌って踊って楽しそうにしている画ばかりということです。高句麗人は現世での生が全てではなく、肉体が消滅しても魂は天につながると信じていました。高句麗人がエジプト人と同じように来世を信じていたということは、壁画の内容が楽しく描かれていることからも伺えます。


特に高句麗の壁画には死神とドケビ(韓国伝統の鬼)、空を飛ぶ神仙と竜、鶴、鳳凰、キリンなどが登場しますが、邪悪なものや地獄の風景が全くないというのは、死を肯定的に受け入れたという兆候であるといわれています。高句麗人は来世の生まれ変わりを信じていたので死を恐れませんでした。戦闘で死んでも、より良い永遠の世界に行けるから大丈夫だという高句麗人にとって、国や家族を守るための戦争も日常のひとつだったんですね。高句麗軍が周辺のどの国の軍隊よりも強く士気が高かったのは、決して偶然ではありませんでした。





  • 踊る人々を描いた高句麗時代の壁画。このように、生を謳歌する絵柄が少なくありません。












強国・高句麗の滅亡



千年の帝国ローマ、日が暮れない大英帝国……世の中に存在したどんな強大国も滅亡の瞬間を迎えます。705年の長い歴史と強力な力を持つ高句麗も、決して例外ではありませんでした。全盛期を迎えた長寿王の後から少しずつ寂びはじめた高句麗は、70年も続いた隋、唐との戦争により農地が荒れ、内乱に加え倭(当時の日本)にまで攻められました。


ここに、王の独裁政権で疏外された一部の貴族が裏切り、さらに新羅まで唐の力を借りて攻めてきました。最後の力を振り絞り、唐と新羅の連合軍と戦った高句麗は、ついに668年に敗北し、建国から705年の長い歴史の幕を閉じることになりました。高句麗を倒した新羅はその後百済も攻撃し、統一新羅時代を迎え、高麗時代、朝鮮時代へと歴史は続きます。


高句麗人の精神、そして、高句麗軍の強さは、ドラマ『太王四神記』ではどのように描かれるのでしょう? 放映が楽しみです。


   – BY  趙章恩

Original column
http://ni-korea.jp/entertainment/essay/index.php?id=04

第03回:高句麗が発祥の韓国代表料理「プルコギ」


予習してさらにハマる太王四神記

【第三回】

高句麗が発祥の韓国代表料理「プルコギ」






プルコギの原型は高句麗の「貊炙」



キムチと並び韓国を代表する料理「プルコギ」。プルコギの由来についてはいろんな説がありますが、高句麗時代の「貊炙」(メグジョッ)がプルコギになったという説が最も有力です。高句麗は騎馬民族で非遊牧民、一定した住居を持ちながら畑も耕し、狩りもしました。貊炙は「にんにく・醤油・味噌などで味付けして壷に入れておいた肉を串に刺して炭で焼いて食べるもの」でした。中国の古書に「晋の国(265~316)の人たちは異国の貊炙を食べ過ぎるので問題」とまで登場するように、貊炙は高句麗から中国、百済、新羅に広がっていきました。古墳の壁画には、串に刺した肉を保存する肉庫が台所の隣に描いてあります。


高句麗の人たちは肉だけを食べていたわけではなく、鉄で鍋を作り米や穀物を蒸してご飯を食べたり、唐辛子が入っていないキムチ、つまり白菜と大根、にんにく、ねぎ、しょうが、塩で発酵させたキムチも食べました。唐辛子が韓国に入ってきたのは朝鮮時代中期です。おやつとして、桃をはじめとする果物もあれこれ食べていたようです。





肉と酒は高句麗人の必需品!?



高句麗は国民の同盟を何よりも大事にする国でした。毎年10月には、盛大な「同盟祭り」が開催されていました。高句麗の建国を祝い、王様から貴族、農民まで身分に関係なくみんなが集まり、夜遅くまで飲んで食べて歌って踊った愉快な祭りでした。戦が多かったけれど、人生を楽しむゆとりもあったんですね。


古墳の壁画にも楽器を演奏する人、踊る人がよく登場します。シルム(韓国の相撲)、猿回しや玉投げなどサーカスのような公演、鬼ごっこ、囲碁、ユッノリ(伝統遊びで、お正月になると家族が集まり楽しむゲーム。木で作った5本の棒「ユッ」を投げ、裏表の組み合わせで1~5までの数字が決まり、ノリパンの上のこまを動かして先にゴールしたチームの勝ちですが、地方ごとにルールが違い、実際ゲームをしてみるとスリル満点)、サッカーのようなチュックックという遊びや、伝統武術テクォンドの原型になったスバクという武芸を競い合う場面も描いてあって、本当に楽しそうです。


身分、性別、年齢に関係なくみんなが一緒になって盛り上がる高句麗の精神は、2002年ワールドカップの街角応援を思い出せばよくわかると思います。こういう祭りに欠かせないのが肉と酒だったようで、高句麗時代からすでに酒を専門的に造る村があり、これを売買したと記録されています。





地方色豊かなプルコギ



統一新羅時代を経て高麗時代になると、仏教の影響から肉をあまり食べなくなりました。その後、モンゴルに侵略され支配された高麗後期になると貊炙は再び一般的な料理として定着しました。串で刺して焼かず、網で焼いたり鍋で焼いたり、焼く方法は時代によって変わりました。肉もいのしし、豚から牛肉へ変わり、今でもプルコギ、カルビといえば牛肉です。


朝鮮時代にはこれが宮中料理「ノビアニ」に発展しました。ノビアニは肉を平たくのばし、包丁で細かく刻みを入れ、やわらかくしてから焼く料理で、味付けされた薄いステーキのような、プルコギとはまた違うものでした。ヤンバン(貴族)の間では雪降る夜に部屋の中で焼いて温かく食べる季節料理として、プルコギやカルビが好まれました。


プルコギは地方によって味付けや焼き方が微妙に違います。ソウルでは、きのこと味付けされた薄い牛肉を専用の鍋に入れて焼いて、鍋の端にたまった肉汁を一緒にご飯にかけて食べるのが普通のプルコギです。全羅南道のグァンヤンプルコギは、形はプルコギですが、炭と網を使いカルビのような焼き方をします。味もソウルよりしっかりしていて、カルビよりやわらかく食べやすいため、全羅道を代表する料理になりました。


牛肉の値段が高かった韓国では、ごちそう、おもてなしといえばプルコギでしたが、輸入肉が安く手に入るようになってからは、スーパーで味付けされたプルコギを買ってきて焼くだけのお手頃で手軽な料理へとイメージが変わってきました。日本でも和牛が高級であるように、韓牛(ハンウ)のプルコギやカルビは値段も数倍高く、今でも高級料理です。


プルコギの原型「貊炙」。ドラマのシーンで登場するか要チェックです!

   – BY  趙章恩

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http://ni-korea.jp/entertainment/essay/index.php?id=03

第02回:高句麗ゆかりの地は、どこにあるの?


予習してさらにハマる太王四神記

【第二回】

高句麗ゆかりの地は、どこにあるの?






今、高句麗が熱い!



高句麗は中国東北部と北朝鮮が中心地だったため、遺跡の多くは中国と北朝鮮にあります。


ここ数年、中国が高句麗を自国の歴史と解釈し、自国の文化遺産としてユネスコに登録したため韓国との文化摩擦が起きています。その中でも問題になっているのは、中国吉林省集安県にある「広開土大王碑」です。この碑石は『太王四神記』でヨン様が演じる広開土(グァンゲト)大王がどれほど領土を広げ、素晴らしい王様だったのかを記録して残すため、息子であったジャンス王が建てられました。


韓国に残っている高句麗ゆかりの地は北朝鮮と地理的に近いソウル、京畿道北部、百済に進撃し領土を広げた時の名残として南漢江が流れる忠清道にあります。高句麗は700年以上続いた国家ですが、紀元前から7世紀にかけての古代遺跡のため、残念ながら現在まで残っているものは城壁、古墳の壁画、碑石、仏像などで数もあまり多くありません。でもドラマをきっかけに韓国では高句麗ブームが巻き起こっているため、自治体ごとに高句麗祭りや博物館、ロケ地開発に力を入れています。





峨嵯山(アチャサン)



峨嵯山はソウルウォーカーヒルホテル裏にある山頂まで300mちょっとの山です。高句麗と新羅が漢江を間に熾烈な戦争を繰り広げた山城があるところです。2004年遺物が大量に発掘されたのをきっかけに高句麗ゆかりの地として訪問者が増えています。この山城で発掘された遺跡の中には、韓国固有の暖房設備であるオンドルに使われた平たい石もありました。兵士が寝泊りした部屋はオンドルになっていて、台所で火を焚けばその熱気が床の下に作ってある通路に伝わり熱が蓄熱され、ゆっくり放熱しながら湿気をなくし部屋中が温かくなる設備です。


登山路がきれいに整備され木の階段を登っていけばソウルが一望できる山頂に到着できるため、ソウルでちょっと山登りでも、というときにぴったりの場所です。



アクセス


地下鉄5号線峨嵯山駅下車、峨嵯山公園から山城へ行く登山路があります。





丹陽 オンダル山城



バボオンダルとピョンガン姫の物語で有名な6世紀の名将オンダル将軍が590年新羅との戦で戦士したところで、南漢江を見下ろす山頂にハートの形をした城壁が残っています。高句麗が築いた山城を新羅が占領し、これを取り戻すための戦争でした。


オンダル将軍が戦士した場所についてはソウルの峨嵯山(アチャサン)という主張もあり、両方とも高句麗ゆかりの地として開発されています。


山城の近くには4億5千万年太古の神秘がそのまま残っているオンダル洞窟と高句麗展示館もあります。


毎年10月にはオンダル文化祝祭(オンダルカルチャーフェスティバル)が開催され、オンダル将軍・ピョンガン姫コンテスト、オンダル将軍鎮魂祭、高句麗武芸再現、弓大会、伝統婚礼、高句麗料理試食会などのイベントが開催されます。この地域は秋の紅葉がとてもきれいなことでも有名なので、ぜひ訪れてみたいですね。


オンダル山城と洞窟、展示館などはオンダル国民観光地内にあります。高句麗後期を背景にしたSBSドラマ「淵蓋蘇文(ヨンゲソムン)」の野外セットもここにあります。高句麗のお城や街並みなどが再現されてますが、「太王四神記」とはまた違う雰囲気です。



入場料 大人3000W、青少年2000 W、子ども1000 W


アクセス


東ソウルバスターミナル グインサ行きバス 1日12回運行





  • 中原高句麗碑(ジュンウォンゴグリョビ)





















中原高句麗碑(ジュンウォンゴグリョビ)



忠清北道忠州市可金面南漢江沿いにあり、韓国に残された唯一の高句麗碑石で国宝第205号に指定されました。広開土大王の子である長寿王が忠清道まで領土を広げたことを記念し、この土地が高句麗のものであることを表示する碑です。この碑には新羅との領土争いで仲直りしたという内容が書かれてます。近くには民俗工芸村、統一新羅時代の遺跡で国宝第6号の塔坪里七層石塔もあります。中央塔とも呼ばれ、周辺には中央塔彫刻公園や忠州博物館、お酒博物館もあります。忠州市には忠州湖、水安堡温泉などの観光地もあり、ソウルから2~3時間ほどで行ける水の観光地として有名です。また忠州はUN(国連)バン・ギムン事務総長の故郷としても親しまれています。



彫刻公園入場料


博物館は無料


アクセス


東ソウルバスターミナルまたは江南高速バスターミナルから忠州行きバス


忠州ターミナルから中央塔まで市内バスまたはタクシー利用


忠州ターミナルはロッテマートが目印です。





チェジュ 猫山峰観光地区



みなさんもすでにご存知の「太王四神記」の第1野外セットが建てられたところです。韓国でもここまで繊細に作られた野外セットは初めてであると、マスコミに絶賛されました。第2野外セットは北チェジュのソンブルオルム一帯にあります。


チェジュは韓国の数々の映画、ドラマが撮影されたところで、島全体が観光地です。


最近は韓国でも新婚旅行は海外が当たり前ですが、70~80年代の新婚旅行のメッカはチェジュでした。今でも新郎が軍人で海外に行ってはならない、忙しくて新婚旅行に行けないカップルはチェジュのリゾートを訪れます。「中文(チュンムン)リゾート」にはドラマ『オールイン』で印象的だったロッテホテル、新羅ホテル、ハイアットホテルがあります。


猫山峰観光地区には11月完成を目標にゴルフ場、宿泊施設の工事が続いてます。パークBOFチェジュもオープンしたことですし、『太王四神記」』とヨン様、といえばチェジュ! で決まりですね。



アクセス


チェジュではレンタカーもしくはタクシー貸切観光が便利


「太王四神記」野外セットはタクシー以外アクセスできる交通便がありません。いたるところに案内看板があるので、レンタカーでも迷うことなく探せます。





国立中央博物館考古館、3階美術館



高句麗の仏像と瓦、銅で作られた靴、古墳、壁画など中国にある遺跡のレプリカが展示されています。


国立中央博物館の紹介ページ





日本で見つけた高句麗の名残、高麗神社



埼玉県日高市は韓国でも有名な高句麗ゆかりの地であります。高句麗の王族が666年1799人の人を連れて日本へ渡り、稲農作を始めたところで、国が滅亡した668年、日本に残り「高麗」という苗字を使います。日高市にある高麗神社は高句麗の王様を祭る神社で王族59代目の宮司がいらっしゃいます。高麗神社では高句麗の歴史を継ぐ神社として、毎年10月在日本大韓民国民団の「マダン祭り」が開催されてます。


ホームページの説明によると「特に浜口雄幸、若槻禮次郎、斉藤実、小磯国昭、幣原喜重郎、鳩山一郎らが当社参拝後相次いで総理大臣となったことから「出世明神」と崇められるようにもなりました」とのこと。「出世明神」とは、強力なリーダーシップとオープンマインドで尊敬された高句麗の王様のご利益らしいですね。


アクセス


JR八高線・川越線「高麗川駅」から徒歩20分


   – BY  趙章恩

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http://ni-korea.jp/entertainment/essay/index.php?id=02

第01回:太王四神記の背景となっている高句麗っていつの時代?


予習してさらにハマる太王四神記

【第一回】

太王四神記の背景となっている高句麗っていつの時代?






古代朝鮮三国のひとつ“高句麗(コグリョ)”



高句麗は紀元前37年から668年まで実在した国です。強力な軍事力による中央集権体制で近隣の諸部族と戦いながら勢力を拡大し、現在の韓国忠清道の北から中国の北東地域までを支配しました。高句麗がこの世にあった頃、日本は弥生時代~古墳時代でした。


「三国史記」の記録によると、高句麗を建てたのは「朱蒙(チュモン)」。大きな卵の中から生まれたという神話を持つ人物です。朱蒙の誕生神話を簡単にご紹介してみましょう。河の神の娘である柳花(ユファ)はある日妹達と川辺へ遊びに行き、天帝の子である解慕漱(ヘモス)と出会い結ばれます。親の許可なく婚姻したことに怒り、河の神は柳花を太白山(テベクサン)の南に送り、ここで柳花は東扶余(ドンブヨ)、の金蛙王(グムワワン)と出会います。柳花の様子をおかしく思った金蛙王は柳花を部屋に閉じ込めますが、太陽の光を浴びて身篭り卵を産みます。この卵を金蛙王が捨てたところ、鳥や動物がやってきては卵を守り、ここから朱蒙が生まれます。










































































年表
BC70万年 旧石器時代
BC2333年 檀君、古朝鮮建国
BC1000年 青銅器時代
BC400年 鉄器時代
BC108年 古朝鮮滅亡
BC57年 新羅建国
BC37年 高句麗建国
BC18年 百済建国
42年 伽耶建国
372年 高句麗、仏教を受け入れる
384年 百済仏教を受け入れる
391年 広開土大王即位
413年 広開土大王死亡
527年 新羅法興王仏教公認
532年 新羅が伽耶滅亡
660年 百済滅亡
668年 高句麗滅亡
676年 統一新羅時代
918年 高麗建国
935年 新羅滅亡
1392年 高麗滅亡、朝鮮建国
1396年 漢陽(ハンヤン、今のソウル)に都を定める
1443年 世宗大王(セジョンデワン)訓民正音(ハングル)創製


【註1】太白山(テベクサン):ソウルより北側にある江原道から慶尚北道にまたがっている韓国を代表する山。


【註2】東扶余(ドンブヨ):59年~294年、北朝鮮の豆滿江(ドゥマンガン)流域にあった国で、ヨン様が演じる広開土大王(グァンゲトデワン)によって滅びました。


【註3】金蛙王(グムワワン):大きな石の下で金色に光る蛙のような赤ちゃんが見つかり王様となったという伝説があり、このような名前になりました。





高句麗の始祖とされる王“朱蒙(チュモン)”



朱蒙は子供の頃から非常に弓が上手く、「弓の名手」という意味を持つこの名前がつけられました。これに嫉妬した金蛙の息子たちは朱蒙を殺そうとし、朱蒙は母の助言で脱出し卒本(ジョルボン、現在は中国吉林省にある綏芬河の南西地域)に至り、ここで高句麗を建てたといいいます。これは高句麗の建国神話でもあり、朱蒙は初代王様、東明聖王(ドンミョンソンワン)になりました。


長い間高句麗の首都だった卒本に建てられた国内城。その城壁は今でも中国吉林省に残っていますが、城壁の中にアパートが建ち並び遺跡が守られていないのが残念です。高句麗後期の首都は北朝鮮の平壤(ピョンヤン)で、平壤城は北朝鮮文化財1号に指定されてます。


高句麗が最も領土を拡張し全盛期を迎えたのは、『太王四神記』の中心になる4~5世紀です。『太王四神記』の主人公である広開土大王(グァンゲトデワン)が領土を広げ富強で住みやすい国を作り、息子である長寿(ジャンス)王が太平の時代を築きました。この時期日本では大和王権が形成され始めました。


当時の韓半島は大きく高句麗、新羅、百済の三国に分かれた「三国時代」を向かえ、最も領土が大きく力があったのは高句麗でしたが、三国を統一したのは中国の唐と連合した新羅でした。668年高句麗は滅亡し、王族や貴族を中心に多くの高句麗人が日本へ亡命したため、高句麗の文化は日本へ大きな影響を与えたとみられています。その後韓半島は統一新羅時代を経て高句麗の精神を継承する高麗時代が始まり、朝鮮時代、日本の植民地支配と独立を経て今の大韓民国となりました。















韓国の基礎となった三国時代、古代日本との交流も



三国時代は原始的な部族国家から始まった高句麗、新羅、百済の三国が政治制度や農耕生活を確立し、古代国家へと成長した時期で、仏教が伝来した時期でもあります。大陸の文化を固有の文化へ再創造しながら、現在の韓国の基本となった時代ともいえます。この三国の文化がまた古代日本へ伝わって飛鳥文化が生まれ、日本固有の伝統文化へと発展していったのでしょう。三国の中でも韓半島南地方にあった百済と古代日本の交流が最も活発でしたが、高句麗も日本の歴史に残る文化を伝播しています。高句麗の僧侶「慧慈」は聖徳太子の師であり、「曇徴」は紙、墨、硯、絵具をつくる技術を教えたと記録に残っています。法隆寺の金堂壁画も彼の作品として知られています。高句麗古墳の壁画にある自分の衣装や描き方は高松古墳の壁画の壁画とも良く似ていて、高句麗の影響を受けたものとみられています。またキトラ古墳の石室天井に描かれていた星宿(星座)は北朝鮮の平壤(ピョンヤン)を含む北緯38~39度から見上げた星空を描いたものであることが98年明らかになりました。高句麗滅亡後日本へ亡命した天文学者が描いたか、高句麗のものがお手本となったのではないかとみられています。


長い暦を経て、高句麗の領土は現在その多くが中国になりました。そのため高句麗の歴史を中国は中国に住んでいた部族の歴史と解釈し、城壁や広開土大王碑を中国の文化遺産としてユネスコに登録したことから、韓中歴史問題になっています。『太王四神記』には韓国の歴史を見つめ直し、歴代王の中で最もたくましく潔かった高句麗の広開土大王の精神を忘れてはならないという気持ちが込められています。


高句麗の初代王様「朱蒙」を主人公に高句麗の建国神話の物語を興味津々に描いたドラマもあります。2006年から2007年にかけてMBCで放映され31週連続視聴率1位を記録し国民ドラマになった大河ドラマ『朱蒙(チュモン)』です。4月からBSフジで放映が決まりました。これも『太王四神記』を理解するのに参考になるでしょう。SBSで放映された『淵蓋蘇文(ヨンゲソムン)』は高句麗末期が背景で、KBSの『大祚榮(デジョヨン)」』は高句麗滅亡とその後が背景です。『太王四神記』は高句麗歴史の最盛期を描くので、戦争シーンばかりだった他の高句麗ドラマとは違って、色々なエピソードやファンタジーが盛り込まれた大作であると韓国でも大変期待されています。(第一回:終了)


韓国の歴史については「韓国を知ろう:歴史と時代」でも解説しています。


                                                                                                                                             –  趙章恩

original column
http://ni-korea.jp/entertainment/essay/index.php?id=01

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ネットの「祭り」がリアルに炎上した韓国・抗議デモの事情

 ソウルでは、政府の米国産牛肉輸入交渉に抗議する「ろうそく集会」が50日以上も続いている。問題の発端は、韓国がBSE(牛海綿状脳症)対策で禁止していた米国産牛肉の輸入を段階的に認めると決めたことにある。BSEの発生率が高いとされる30カ月以上の牛肉の輸入を認め、BSEが見つかっても輸入を拒否できないという明らかに韓国側に不利な条件に、ネットを中心に激しい批判が巻き起こった。


■ネットから生まれたろうそく集会


 政府は「米牛肉は安全でBSEの心配はない」としきりにアピールしている。在米韓国人会の声だとして「米牛肉は安全でおいしく韓国料理にもぴったり!」などという宣伝まで新聞に載せた。


 そこへ「在米韓国人主婦の集い」と称する主婦団体が声明を発表した。「家族の健康を守る主婦として言いたい。決して米牛肉は安全でなくBSEの危険を抱えている。動物性飼料がまだ完全に禁止されておらず、非人道的で非衛生的な畜産環境も度々指摘されている。米国内でも米牛肉に不信を抱く消費者が多い。国民の健康を脅かす輸入交渉をもう一度考え直してほしい」という内容だった。







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韓国政府の米国産牛肉輸入制限の解除に抗議し、ソウル市庁前広場の集会に参加した大勢の市民=6月13日〔共同〕


 その前後から韓国のポータルサイト「DAUM」のブロガーニュースを中心に「米牛肉を食べると脳に穴が開く。輸入を止めなくては!」という過激な記事が登場し始めた。DAUMはポータルのなかで唯一、市民記者ともいえるブロガーが書いたニュースを既存マスコミのニュースと並べて表示している。マスコミのニュースもブロガーニュースも同じような比重で表示され、さらにDAUMの編集によってはブロガーニュースが初期画面の「今日のニュース」に登場することもある。


 韓国ではすべてのニュースに読者がコメントを書き込めるようになっていて、DAUMに掲載された政府の米牛肉輸入交渉に関する記事には次々と批判のコメントが書き込まれた。それはほかのポータルサイトやコミュニティーサイト、インターネット新聞などあらゆるサイトへと波及していった。記事1件当たりのコメント件数限度である4000件に達するほど反響を集めたブログニュースもたくさん登場した。



 政府は当初、このような国民の不安を「インターネットで怪談が出回っている」と矮小化し、まともに対応しようとしなかった。そこへ放送局のMBCが、欧米でBSEで死んでいく人々のドキュメンタリーを放映したことから、国民の不安が頂点に達した。


 政府はこれからの米国との安全保障問題、自由貿易協定(FTA)などの関係も考えた交渉だというが「国民の健康を売ってまで米国に媚びることはない」と、ビジネスマンやベビーカーを押した主婦、大学生、中高校生、芸能人までもがソウル市の中心部をろうそくを持って歩く抗議集会を始めた。


■警察の鎮圧も「生中継」


 ろうそく集会は2002年夏、米軍の装甲車に女子中学生2人が無残にもひき殺されたにもかかわらず、駐韓米軍地位協定により犯人が米軍に保護されるという事件が起き、2人の魂を象徴するろうそくを持って抗議したことから始まった。2004年、ノ・ムヒョン大統領弾劾反対の時もろうそくが登場した。そしてこれが3度目の大規模なろうそく集会となる。


 ろうそく集会が始まるまでの過程はいつものようにインターネットがきっかけで、とりわけ新しいところはない。しかしここからがいつもと違っていた。ろうそく集会の様子を、参加した多くの個人が個人放送局システムと無線LANやWibro(モバイル高速無線)、HSDPAといった高速ネットワークを駆使し、全国のネットユーザーに向けて動画で生中継したのだ。今やブログに掲載するより早く、この現場の勢いをありのまま、生でリポートできる個人メディアを多くの人が手にしているのだ。







 個人放送局の最大手「Afreeca.com」の報道資料によると、そうそく集会の生中継動画は100万人近い人々が集まったとされる6月10日だけで1357件が放送され約70万人が視聴、5月25日から6月10日までの累計では生中継動画1万7222件、視聴者数は約775万人に達したという。通常は平均60万人ほどが利用しているサイトなので、10倍を超えるアクセスだ。


 動画投稿サイト「PandoraTV」でも5月31日午後から6月1日までのわずか1日の間に1000件近い動画が投稿されたという。ソウル市内のろくそう集会に限らず、全国で開催されているろうそく集会を生中継し、保守団体の「ろうそく集会に反対する集会」までも生中継された。


 テレビカメラよりも早く、集会のすみずみまで映し出す個人放送の影響力は大きかった。保守勢力の一部といわれる新聞が「ろうそく集会は一部反政府組織が扇動しており、米牛肉輸入とは関係ない」といった報道をしても、ろうそく集会は続いている。



 警察による鎮圧や、女子大生が機動隊に頭を踏みつけられ負傷したこと、ベビーカーにまで容赦なく放水する警察の姿が生中継されたことで、さらに集会は激化した。個人放送局の中継動画に触発されて、もう黙ってはいられないと集会に参加したという主婦もたくさんみかけた。集会は過激になりすぎ、一部暴徒化しているとの報道もあった。


 ほとんどの携帯電話にカメラが付いていることから、警察が暴力を振るおうとすると一斉にカメラを向けて証拠写真を残したり、集会の参加者の顔写真を撮影する警察の顔写真を逆に撮影して「この人に気をつけろ」とブログに書き込んだり、ろうそく集会が始まった5月初めからポータルニュースもブログもコミュニティーも動画投稿サイトも個人放送局も、集会の様子を伝えるネットユーザーたちの写真、動画、書き込みで溢れかえっている。


■一気に進んだネット規制


 しかし突然、Afreeca.comの運営会社であるナウコムの社長が逮捕され身柄を拘束された。容疑は映画の著作権侵害。ナウコムが運営している個人放送局やストレージサービスから大量の映画ファイルが出回っているとして前々から捜査を続けてきたという。しかしネットでは当然、タイミングから考えて「逮捕は見せしめではないか」と猛反発が起きている。


 さらに、利用者数1位のポータルサイト「NAVER」がAfreeca.comを禁則キーワードにしていたことが発覚した。Afreeca.comのURLを持つ動画をニュースのコメント欄に書き込めないように遮断していたのだ。ポータルが中立を保てず政権寄りになっていると非難を浴びたが、NAVER側は「わざとではない。Afreeca.comを悪用したスパムが多すぎてそうしただけだ」と説明している。


 またさらに事態を悪化させたのは、6月16~17日にソウルで開催されたOECDのIT長官会議でイ・ミョンバク大統領が行った「インターネットの力は信頼が担保されていないと薬ではなく毒にもなりうる」という発言だ。ろうそく集会はインターネットの毒が生み出したものと受け止められかねない発言をしたのだ。







 大統領はその後「国民が嫌がることはしない」と特別会見を開いたり、「インターネット世論を人為的に統制しようというつもりはない」と釈明したりしたが、大統領のネット批判発言を受けて、ネットを規制する動きが一気に高まった。


 政府の放送通信委員会はインターネット実名制度を強化すると発表し、大統領官邸の青瓦台にはインターネット世論を担当する国民疎通秘書官が新設された。警察はインターネットの書き込みを専門的にモニタリングする組織を作ると発表し、検察はインターネット上に嘘の情報を流して社会的混乱を増幅させるサイバー犯罪に厳重に対処するとの方針を示した。


 さらに、文化体育観光部はネット上に特定の事項に関する書き込みが増えることを感知する事前警報特別チームを運営し、与党のハンナラ党も世論敏感度チェックプログラムというものを導入すると発表した。これでもか、というぐらいの素早さでネット統制を狙った対策を次々と発表したのだ。



 放送通信委員会は少し前まで、個人情報ハッキング、なりすましの問題が多発しているので、住民登録番号を使わない形で個人認証を導入したいとの方針を示していた。ところが大統領の一言で手のひらを返して、住民登録番号で個人を特定する強力な実名制度を導入しようとしている。実名制度を導入しても悪質な書き込みは減らないという研究結果はたくさん報告されているにもかかわらず。


 さらに、国民疎通秘書官として採用されたのは、ろうろく集会の発信源ともいえるDAUMの元副社長だった。DAUMの社長も政府の国家競争力委員会の民間委員として選任された。これでDAUMも政府の味方になるだろうかとも言われている。


■国民の本当の声はどこに







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混乱で政府人事を刷新した李明博大統領(手前)=6月24日、ソウルの青瓦台〔共同〕


 専門家らは、ろうそく集会を「アナログ政府とデジタル市民の激突」と論評している。ネット上に分散している個人が、自律しながらもつながることで力を発揮する。ネットの「毒」はユーザー同士がコミュニケーションを重ねるうちに自然に浄化されているのに、政府が人為的に統制しコントロールしようとすればこの循環を止めてしまう。政府が押さえ込もうとすればするほど陰湿な毒を生み出すだけと、過剰な統制案に反対している。


 著名な小説家であるイ・ムンヨル氏は「ろうそく集会は偉大ではあるがおぞましいデジタルポピュリズムの勝利。少数の意見がインターネットを掌握することによって世論とみなされ勝利を収めた。すべてをこんな方式で決定するとなれば本当におぞましく、とても不安で怖い社会になるだろう」と発言した。これでまたネットの議論が燃え上がっている。



 確かにコピー&ペーストを繰り返すことで、少数の意見を多数の意見のように作り上げることはできるが、双方向のコミュニケーションはそうはいかないだろう。ブロガーニュースとコメントと討論掲示板が循環することでインターネット世論は生まれているが、これをネットだからポピュリズムに終わると言い切れるだろうか。電話による世論調査だけが世論なのだろうか。


 政府はインターネットは特別な空間だから取り締まらなくてはと思っているようだが、ネットもオフラインも人間のいる場所は変わらない。いろんな情報のなかから自分の意思で判断して取捨選択しているし、違法なものは締め出されることが多い。


 一方的に押し付けられていたニュースや情報から開放され、自分から書き込んだり、その書き込みにまた反応してくれる人がいて嬉しくなったり、コミュニケーションしたがるのは人間の本能でもある。もちろんネチケット(ネット+エチケット)を守らなかったり、でたらめなことを書き込んだりといった問題もある。だからといってそれを政府の力で規制できると思っていること自体が危ないのではないだろうか。おしゃべりでストレスを発散するように、ネットでのやりとりの中で悩みを解消し、勇気付けられ希望を持てることだって多い。


 「毎年7%の経済成長、国民所得4万ドル、世界7大経済強国になる」という「747公約」で韓国の景気回復と豊かな生活の実現を描いて、イ・ミョンバク大統領は選ばれた。しかし、韓国銀行が発表した2008年の消費動向は2000年以来の低水準で、韓国経済研究院が発表した物価上昇率はIMF経済危機があった1998年以降で最高の5.6%、経済成長率は3.3%と典型的なスタグフレーション状態に陥っている。


 これは韓国だけの問題ではなく、大統領の責任というよりは外部的な問題が大きすぎた部分もある。しかし米牛肉問題から始まったネットでの政権批判は、いろいろな不満が重なり合い爆発した結果だ。


 まだ大統領に就任して4カ月ちょっとだというのにもう不満だらけというのも酷ではあるが、ある市民がテレビの討論番組で語った「CEO出身だから国民も自分の言う通り従う社員にしか見えないんじゃないの」という言葉の中に国民の不満が集約されている。国のためにやっていることは確かなのだが、一方的すぎるのだ。国民の声にもっと耳を傾けること。その国民の声はどこにあるかといえば、便利なネットに集まっている。


– 趙 章恩  

NIKKEI NET  
インターネット:連載・コラム  
2008/07/01  


Original Source (NIKKEI NET)
 
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/korea.aspx?n=MMIT13000001072008&cp=1