デジタルサイネージ都市をめざすソウルの実験

薄型ディスプレーと通信ネットワークを使った新しい屋外広告メディアとして注目される「デジタルサイネージ」。韓国でも2006年ごろから「DID(Digital Infomation Device)」と呼ばれ、成長を続けている。今回は首都ソウルでの動向を紹介しよう。(趙章恩)

 ソウル南部にある江南(カンナム)駅前。東京でいえば渋谷のように若者でにぎわう繁華街の約760メートルの大通りに2009年3月、「メディアポール(Media Pole)」と名付けられた多機能型のデジタルサイネージが22本設置された。



■情報検索やメール、無線LAN機能も


 高さ約12.4メートル、幅1.4メートルのメディアポールは、車道に向いている面はLED、歩道に向いている面は液晶パネルになっている。パネルの上部はメディアアートの展示や広告用ディスプレー、下部はタッチパネル式で歩行者向けコンテンツを提供する。メディアポールの最上部には照明と防犯カメラもついていて、安全な街づくりの役割も果たす。ソウル市はここを「U-street」と名付けている。


 メディアポールはコンテンツを一方的に配信するだけでなく、情報検索や画像の送受信、公衆無線LAN通信などの様々な機能を持つ。グルメ情報や交通情報を検索したり、自分の写真を転送して大画面で表示したり、内蔵カメラで写真を撮って友人にメール送信したりと、いろいろな使い方、遊び方ができる。映画の予告編を見てその場でチケットを予約できるサービスもある。




■サムスン電子が世界シェアトップ


 調査会社ディスプレイサーチによると、2009年1~3月のデジタルサイネージ向けの薄型パネル世界シェアは、韓国サムスン電子が26型以上で11.2%と首位。パナソニックをわずかな差で押さえ、3位がNEC、4位が韓国LG電子という順だ。サムスン電子は「モニター、テレビに続いてデジタルサイネージでも世界1位になった。映像ディスプレー分野で最高のブランドになる」と意気込んでいる。


 サムスン電子やLG電子のように韓国を代表する電子企業がデジタルサイネージに積極的になっていることもあるが、韓国では都市計画の1つとしてデジタルサイネージの導入が注目されている。



■ソウルの都市景観づくりの一環


 メディアポールは、ソウル市が08年に「デザイン・ソウル」をキャッチフレーズに始めた都市景観計画の一環だ。「自然と環境」「歴史と文化」「ITと産業」「人間と健康」をテーマに、歩きやすい歩道、自然環境を生かした生態公園づくり、ITインフラを生かした街ナビの整備などを進め、より美しい街づくりに精を出している。


 ソウルの中心である景福宮前の光化門(クァンファムン)には、16車線あった道路を10車線に減らして広場がつくられた。光化門広場は清渓川復元、ソウルの森造成に続く都市再生プロジェクトとして市民を喜ばせている。韓国は60~80年代、「漢江の奇跡」と呼ばれるほどの高度成長を成し遂げたが、一方で首都ソウルは高層マンションだらけの味気ない再開発都市になってしまった。それをITと文化とデザインが中心の知識基盤世界都市にするというのが、デザイン・ソウルの目標である。



■広告から楽しめるコンテンツへ


 メディアポールが登場する数年前から、ディスプレーを利用した広告、デジタルサイネージは存在した。タッチパネル式ディスプレーを使って、ユーザーが自分で触って音を出すという広告、床に企業のロゴ入りサッカーボールの映像を映し、それを蹴って遊べるようにした広告など、ソウル市内では映像技術を駆使したデジタルサイネージが身近になっている。


 メディアポールのプロジェクトはそれらを一歩前進させたものといえる。広告方式を競うハードウエアの競争から、「広告だけど広告に見えない」楽しいコンテンツを流す競争になってきた。


 地下鉄運営会社ソウルメトロは、地下鉄1~4号線の全駅にデジタルサイネージとIP電話を組み合わせた公衆電話を導入する計画を発表している。デザイン・ソウル計画の一環で、タッチパネルの画面から広告・情報検索・メール送信・チケット購入(電子マネーやクレジットカード決済可能)などの機能を利用できる。


 双方向メディアとしてのデジタルサイネージは韓国でも注目度が高く、10~20代をターゲットにしたピザ、製菓、ファミリーレストランなどは、ブランドと顧客をより親密につなげる方法としてデジタルサイネージを利用している。ブランドの歴史やブランドロゴを使ったゲーム・メニュー提案といったイベントも開催している。ビルの外側一面をLEDにしてメディアアートとコラボした広告を流す「パサードギャラリー」も流行っている。





■情報提供料など課題


 一方、こうした取り組みを通じて、デジタルサイネージのビジネスモデルを確立するうえでの課題も浮かび上がってきた。コンテンツ配信をより発展・向上させるソリューションが整っていなければ長続きしないということだ。


 メディアポールのテスト期間であった3~6月は、ニュースや交通情報、グルメガイドなど多彩なコンテンツが提供されていたが、運営が民間会社に委託されてからはいくつかのコンテンツが利用できなくなった。サービスを中断した新聞社やコンテンツ事業者らは、「ソウル市や江南区役所は世界でも珍しい施設をつくったことだけに満足し、コンテンツ使用料のことまでは考えていなかったようだ」と残念そうに語る。


 デジタルサイネージ広告管理ソフトウエア会社であるScalaのアジア総括支社長ギヨム・プル氏は「デジタルサイネージは多様なコンテンツを自由に表現できるのが長所で、動画、写真、テキストなど表現の制限がない。韓国には世界有数のディスプレーメーカーがあり、有無線ブロードバンドインフラが優れている。デジタルサイネージの大きな市場を形成すると確信している」と述べる。


■都市計画とのシナジーが重要


 広告と情報端末兼用の大型デジタルサイネージはソウル各地で見つけられるようになった。日本人観光客が集まる明洞には韓国語・日本語・英語で検索できる観光ガイドと周辺レストランやエステの広告が登場している。


 デパートや大手企業もデザイン・ソウル計画に合わせてITを利用した都市づくりに参加している。屋外広告の標準化と規格化で都市の環境を整備する政策といかにシナジー(相乗効果)を出していくか。美しく、そしてより安全で快適なユビキタス都市を目指して、ソウルは今日も工事中である。



観光ガイドなどを日本語でも表示するデジタルサイネージ



– 趙 章恩  

NIKKEI NET  
インターネット:連載・コラム  
[2009年9月2日]
Original Source (NIKKEI NET)
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/korea.aspx?n=MMIT13000001092009