韓国IT産業が抱える2012年問題 [2007年8月8日]

以前にも何度か韓国の軍隊とネットについてご紹介したが、またもや兵役関連事件が発生し、韓国中が大騒ぎしている。サムスン電子の実績悪化は予想されていたことだが、今回の事件は予想もしなかった展開だけにニュースの中心になっている。韓国男性は軍隊となるとシビアになる。「僕は苦労したのに!」という悔しさのせいだろうか。

 韓国政府は青年失業問題改善とIT業界の育成と発展のため、1997年から兵役特例産業支援という制度をつくり、ITプログラマー関連資格を持っている人やWEBデザイナーは軍隊に行く代わりに産業機能要員としてITベンチャーで3年間働くと(もちろん給料ももらえる)軍を除隊したのと同じということにした。兵役特例対象企業は研究機関、防衛産業企業、基幹産業企業などで、政府の指定を受けなければいけない。


 ITベンチャーの場合、選定基準は従業員数30人以上の情報処理業で登録された企業または情報処理関連売上が全体の30%以上を占める企業に限り、指定を受けてから産業機能要員を受け入れられる。一社当たりの受け入れ人数も政府が決めるが、身体検査結果26カ月未満の短期勤務対象者は人数に関係なく雇える。理工学部の学生は研究を続けるため、または専攻をいかした現場で働いてみたくてこの制度を利用していたが、いつの間にか簡単な情報処理関連資格さえ取れば誰でも応募できるようになってしまった。


 少子化により20代が減っているのも影響し、入隊する人が激減してしまったため、2005年からは研究施設の場合、工学修士・博士に限り申請できるようにしている。採用規模も年間3000人から2500人に減った。


 スポーツ選手はオリンピックで銅メダル以上、ワールドカップでベスト16以上の成績を残すと体育要員となり4週間の訓練だけで軍を免除されるに行かなくても済む、というのもこの制度のおかげだ。


 しかし、今回、この制度を悪用した芸能人や財閥、政治家の息子120人が摘発され、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっている。


 歌手らは会社に賄賂を渡して採用してもらってから、産業機能要員として毎日出社していると書類を偽造し、年間52回も地方でコンサートを開き、平日昼間のTV番組の収録にも参加していた。有名予備校でも教育プログラム開発のため産業機能要員が必要と申請しては名門大学卒業生を雇いカウンセラーや講師として働かせていたことがばれた。逆に産業機能要員のため1年6カ月間は転職できないことを利用し、給料を契約通り支払わなかった悪徳業者も見つかり、サムスン電子の実績悪化より紙面を増やして報道されているほど大騒ぎだ。捕まった偽産業機能要員には全てもう一度入隊という処分が下されたが、一部はこの措置を不服とし、裁判を起こしている。


 韓国のITベンチャーにとって兵役特例制度はオアシスのような存在で、重要な人材供給の源になっていた。軍人という身分なので安い給料で優秀な人材を雇えるし、勤務先が決まると1年6カ月間は転職できないようになっているため、好き放題こき使うこともできた。待遇が気に入らないと会社を休むなんてケースもあったようだが、指示に従わないとすぐ軍隊に送り込まれる。


 当事者は、仕方なく働き続けるという面もあったろうが、1997年以降、韓国のIT産業が急成長できたのは兵役特例制度のおかげとまでいわれている。ソフトウエア開発会社のほとんどが兵役特例制度がなかったら、とっくの昔に潰れていただろうと嘆くほどだ。


 今回の偽造問題によりさらに兵役特例制度は厳しくなりそうだ。2012年にはこの制度を廃止することも決まっている。現在、中小企業を含め1500社が4000人の産業機能要員を申請しているが、年間採用は2500人。そのうちIT専門要員は1500人ほどなので、奪い合いのような競争にまでなっている。


 人手不足の地方企業から優先的に配置されているが、ソウル中心部にオフィスがないベンチャーは通勤が大変だから嫌だと、どんなに給料を優遇しても集まらない。これはそのまま求人事情にもつながっている。産業機能要員として入社した人材を居座らせてそのまま正社員に雇うのがソフトウエア業界の人員調達方法だったが、もうそれが通用しなくなる。2012年兵役特例制度がなくなる日こそが韓国IT経済の危機の始まりなのかもしれない。

(趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/NPC/20070731/278652/